あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|juno(ユノ)さん『どこ どこ? ねどこ』『やぎさんのさんぽ』

今月の新刊『どこ どこ? ねどこ』と『やぎさんのさんぽ』は、刺繍で描かれた、美しく繊細な花々や、ほわほわの毛が愛らしい動物たちが何とも魅力の絵本です。作者は、人気刺繍作家のjuno(ユノ)さん。実はjunoさん、これが初めての絵本づくりでしたが、どんな思いで制作にのぞまれたのでしょうか。エッセイを寄せていただきました。

絵本はあとから効いてくる

juno(ユノ)

2021年の春、個展の準備をしているときにふと思いついて、小さな白いやぎを刺繍しました。ふわふわの子やぎを眺めていたら、中くらいのやぎも欲しくなって、そうなるとやっぱり大きいやぎも要るでしょう、と思い、気がついたら机の上に、大、中、小の三びきのやぎが並んでいました。
福音館書店の編集者さんから連絡を頂いたのは、それからすぐでした。福音館書店といえば、子供のころに母が(声色を工夫して、臨場感たっぷりに)繰り返し読み聞かせてくれたあの絵本、『三びきのやぎのがらがらどん』の出版社です。やぎたちの刺繍をしたのがまずかったのだろうか、と一瞬ドキッとしましたがそうではなくて、刺繍の動物たちが絵本の中で動き出したら面白いのでは、と興味を持って下さったのです。
こんなタイミングでお話をいただいたものですから、ふだん決断力に欠ける私もなんだかすんなりその気になって、編集者さんを個展にお招きし、その場で話がまとまり、まるでいちばん大きながらがらどんのような大胆さで、未知なる絵本づくりの世界へ飛び込んだのでした。
「ごくシンプルな、幼い子が読むような」絵本(それも2冊!)を作るにあたり、私はこれらの絵本が、子供の生まれながらに備えている光を遮ることなく、のびのびと思いきり輝くことを祝うようなものであって欲しいと思いました。具体的には、自由や楽しさ、安心感や快適な眠り、自分がこの世界に受け入れられていて、愛されているという感覚…。それらは、大人になって、臆病風や恥ずかしさや、肩こりなどに悩まされながらもなんとか生きている、私自身が切実に欲しいものであり、この本の実際の読み手である保護者の方々や、大人の人に届けたいものでもあります。
とはいえごくシンプルなお話の中にそんなすてきな魔法みたいなものが込められるのか。それは、試行錯誤の日々、ひと針ひと針に宿る神秘を信じるしかありません。少なくとも私自身は、本を作る過程で幼い頃を振り返り、生まれたばかりのつもりになって世界を見まわしてみたり、やぎさんになったり、ちょうちょさんになったり、この星に住む、いろんな動物たちの眠り方を調べたり、彼らのために丁寧に心地よい寝床を拵えたり、その中で眠ってみたりしているうちに、自分の心が光で満たされていくのを感じました。
そんな作り方ができたのは、編集者さんが心からやぎさんや動物たちを愛して下さり、最初から最後までやぎさんを見守ってくれたちょうちょさんのように、つかず離れず、ぴかぴかと道を照らして下さったお陰です。そして、2冊の小さなお話のために惜しみなく協力して下さったそのほか全ての皆さまにも、大きな感謝を。



そうそう、やぎさんのお話の最後は、「ぐー すーぴー ぱたん」と擬音のような、おまじないのような文言で終わります。悩みに悩んで、自分で思いついたと思っていたのに、編集者さんが「がらがらどん」の最後を確認して下さったら、こうでした。「チョキン、パチン、ストン。はなしは おしまい」。明らかな影響が見て取れましたが、彼女も面白くなってしまったのか、これで行きましょうということになりました。
私の心の奥深くに、ずっと前からがらがらどんが棲みついていて、知らず知らずのうちに絵本づくりへと導いてくれたのかもしれません。
というわけで、幼い私に毎日飽きるまで本を読んでくれたお母さん、本当に、ありがとう。
この2冊の絵本が誰かのお気に入りとなって、繰り返し読まれたり、すっかり忘れていても、ふとしたはずみに思い出して、読み返してもらえますように。そして愛おしい誰かに、読み聞かせたくなったりしますように。



juno(ユノ)
刺繍作家。心揺さぶられる美しいもの、ときめくものを刺繍した洋服や小物を製作している。ショップでの委託販売や作品の展示を中心に活動。著作に『junoの刺繍ノート 刺繍で描く植物と動物と物語』(グラフィック社)がある。絵本は本作がはじめて。

2023.02.01

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