あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|降矢ななさん『クリスマスマーケット』

『めっきらもっきら どおん どん』(長谷川摂子 作)の絵で絵本作家デビューした降矢ななさんは、1992年に30代前半でスロヴァキア共和国(当時はチェコスロヴァキア)に留学し、以来30年以上、かの地に暮らし、絵本の制作を続けてきました。新刊『クリスマスマーケット』は、スロヴァキアの冬の風物詩であるクリスマスマーケットを舞台にした物語絵本です。12月には少し早いですが、降矢さんに新作に寄せてエッセイを綴っていただきました。

スロヴァキアのクリスマスマーケット

降矢なな


私はお祭りの屋台や市場が大好きです。まだ日本で暮らしていた頃は、街にお祭りがあると出かけて行き、出店を覗いて掘り出し物を探したり、ソースのかかったたこ焼きを頰張ったものです。

中欧の国・スロヴァキアに移住してからは、12月のクリスマスマーケットが毎年の楽しみになりました。クリスマスツリーのオーナメントやガラスの小物、色とりどりの木のおもちゃ、蜜ろうのロウソク、暖かそうな帽子やマフラー、などなど。旧市街の真ん中の広場に並んだたくさんのお店をあれこれ冷かしながら人混みの中を歩いていると、焼いたソーセージやグラーシュ(スープ料理)のにおいも漂ってきます。

私がまだ留学生だった頃、美術史の授業前にすこし時間があったのでマーケットを覗いていたら、偶然会った友人にすすめられ、ホットワインを一杯飲み、顔が真っ赤になってふらふらになり、先生の前で恥をかいたことがありました。ホットワインは、ワインにシナモンやクローブなどのスパイスとオレンジの輪切り、そして砂糖を入れて温めたものです。12月の寒い広場で、熱いワインをフーフーいいながら飲むのです。

その後、結婚して娘が生まれると、家族3人でクリスマスマーケットに行くようになりました。夫はお店を覗いたり買い物したりすることにはあまり興味はないのですが、娘が喜ぶのが嬉しかったようです。まだ背が低くて品物が良く見えない娘を肩車してお店を覗いて歩きました。大勢の人がやってくるクリスマスマーケットでは、小さな子どもは大人の間に埋もれてしまいます。でも、夫の肩にまたがった娘は、人波の上に頭と体をちょこんとのぞかせて、ご満悦でした。12月のスロヴァキアは夕方4時くらいになるともう暗くなります。お店の灯りが人々の顔をオレンジ色に照らす頃、広場に立った大きなモミの木は、巨大なクリスマスツリーとなって輝きます。

そんなスロヴァキアのクリスマスマーケットを日本のみなさんにも紹介したくて、この絵本を作りました。小さな娘が首をのばしておもちゃを見ようとしている姿や、トルコ蜜飴(ナッツやドライフルーツの入ったヌガー。塊を切って量り売りしてくれる)を買う夫の横に立つリュックを背負った後ろ姿。そんな場面を思い出しながら、小さな女の子が登場するお話を考えました。そして黒い子犬を脇役に。10年前に我が家にやってきた雑種犬です。しかし、お話を推敲するうちに、いつしかダブル主演へと変わっていきました。

『クリスマスマーケット』と同時期に刊行される赤ちゃん絵本『どんぐり どんぐり』も、赤ん坊だった娘がちっちゃな虫とかゴミによーく気が付いて、つまんだり、舐めたりする姿と、スロヴァキアではじめて見た野生の赤リスの美しさが、混ざり合って生まれた絵本です。

私の創作絵本は、これからもスロヴァキアの暮らしをベースに生まれてくるのだろうなと思います。日本のみなさんにとってスロヴァキアが身近な国になりますように。



降矢なな (ふりやなな)
1961年、東京に生まれる。スロヴァキア共和国ブラチスラヴァ美術大学にて石版画を学ぶ。絵本に『まゆとおに』などの「やまんばのむすめ まゆのおはなし」シリーズ、『めっきらもっきら どおんどん』『きょだいな きょだいな』『ちょろりんと とっけー』『たあんき ぽおんき たんころりん』『あいうえおうた』『ねえ どっちがすき?』『ずんずんばたばたおるすばん』『えんどうまめばあさんと そらまめじいさんの いそがしい毎日』(以上、福音館書店)、「おれたち、ともだち!」シリーズ(偕成社)など多数。スロヴァキア共和国在住。

2023.10.10

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

関連記事