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| gkfuji |
私は1997年に大学を卒業したのち、水球武者修業のつもりでハンガリーにわたった。しかしコネも何もなく行き当たりばったりの私を待ちかまえていたのは、自分の行動力のなさをつきつけられるという、情けない日々であった。 そんなとき、現地に住む日本人に渡されたのがこの安野光雅『旅の絵本』である。もちろんこの作品は知っていたが、じっくりとひらいてみたことはなかった。 字の書いてある絵本とはくらべものにならないほど、一頁一頁時間をかけて読んだ。 「神は細部に宿る」という言葉を文字どおり絵に描いた作品で、花を抱えた老婦人が墓参へ向かっているかと思えば、こちらでは求婚をしている男性が描かれている。2階の窓からベートーベンが顔を出し、映画『駅馬車』の看板に描かれたジョン・ウェインが妙に似ていたりする(とくに鼻)。美しい女性をかけて決闘している二人の男がいるかと思えば、お尻の大きな女の行水をのぞこうとしている輩がいる。後半では昔話の名場面があちらこちらに隠れている。 この絵本を手にとってからというもの、困難ばかり(ほとんどが自分の躊躇だが)の水球から少し離れて、自転車でハンガリーを旅してみたい気持ちが強くなった。私はハンガリーには大平原があることを日本にいるときに知り、そこを自転車で走ってやろうと日本からマウンテンバイクとテントを持ってきていたのだ。 絵本を手にとってから数日後にはブダペストを出発していた。ハンガリーを3/4周し、クロアチアを抜け、アドリア海を渡り、イタリアのフィレンツェまで寄り道しながら約2000Km。テントと安宿泊の40日であった。ハンガリー大平原では地平線までつづくポプラ並木に見とれ、クロアチアでは一宿一飯の義理で農夫のお手伝いをし、アドリア海では夜明けのグラデーションに涙を流し、イタリアの山中では歌いながらドイツ人サイクリストと丘を下った。 まさにそれは「旅の絵本」を再現したような、一生わすれることのできない旅となったのである。 「市から市、国から国へ、迷いながら、はるばる旅をしました。あまり困ったときなどは、旅に出たことを後悔するほどでありました。しかし、人間は迷ったとき必ず何かを見つけることができるものです。私は、見聞をひろめるためではなく、迷うために旅に出たのでした。そして、私は、この絵本のような、一つの世界を見つけました。」 この清潔な文章は『旅の絵本』の「あとがき」である。 私はブダペストで迷い、文字通り旅に出、多くのことを見つけた。そのときの風景と、その風景の中で思ったことは私の中で生き続け、誰にもおかされることはない。
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