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アイヌ刺繍と布絵で綴るシマフクロウの物語
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宇梶静江(うかじ しずえ)
1933年、北海道浦河郡生まれ。20代で上京、働きながら苦学。その後結婚、2児の母となる。次々に頼って上京してくる同胞のめんどうをみながら、1972年、朝日新聞の投書欄に「ウタリ(同胞)よ、手をつなごう」と呼びかける。これが反響を呼び、関東圏のアイヌ復権運動の草分けとなる。同時にアイヌであることを伏せて暮らす同胞の反感も呼び、苦悩の日々の始まりでもあった。小さいころから絵が好きで、大人になってからは詩作や演劇にも没頭、しかし本当に絵の制作に時間がさけるようになったのは60歳をすぎてから。アイヌの刺繍を生かした古布絵を編み出してからは、アイヌであることの喜びを深く実感して、心が解放されていった。ただの一度も自ら戦争をしかけたことのない民族としての誇り、自然を崇めるアイヌの豊かな文化を、若いアイヌ世代に伝えたいと、一針一針に願いを込めて制作を続けている。千葉県在住。 |
この絵本の元になる宇梶静江さんの古布絵(こふえ)を見せてもらったのは、今から3年前のこと。そのときの衝撃は忘れられません。小社発行の月刊雑誌「母の友」で宇梶さんのことと、その作品を紹介したところ(2005年2月号)、その力強い作品に感動したという感想をいろいろな方から耳にしました。
その声に後押しされるように、絵本の可能性を模索、宇梶さんには、さらに2枚の布絵を新たに制作していただきました。そして宇梶さんをお訪ねするたびに、こうしたアイヌの物語が生まれてきた背景を、宇梶さんの子ども時代の体験を語っていただきながら学ばせてもらいました。アイヌ民族の世界観や文化に目が開かれると、物語がより一層おもしろく、奥行きを持って見えてきます。それで、この絵本の巻末に宇梶さんが語ってくださった「シマフクロウとサケ」にまつわるお話と、アイヌの歴史と宇梶さんの思いをご紹介いたしました。
この物語をアイヌ語で語った白沢ナベさん、それを記録し日本語に翻訳した片山龍峯さん、そして絵本の実現に向けて協力してくださった方々の願いが一つになって、ようやく絵本が出来上がったのです。
宇梶さんは今、次の作品「セミ神さまのおつげ」(仮題)の制作にとりかかっています。 |
アイヌ民族は自然の恵みに感謝して、自然界の生き物、鳥や動物や虫、また火や風や水をも神として敬い大切にしてきました。それは現代に生きる私たちが、真摯に学ぶべき心のありようではないかと思います。
一方、アイヌの神様は、ときに寂しがったり、退屈したり、失敗もするのが、面白いところです。この絵本のシマフクロウは、村の守り神として敬われていますが、ある日ひとりでいるのにつまらなくなって、山から海辺にやってきて、サケの群れに出会い、無礼なサケに腹を立てます。さて、その顛末は?
シマフクロウは羽を広げると2m程の大きな鳥で、ぐるりと360度頭をめぐらせ、大きな金色の目玉で四方八方に睨みをきかせることができます。だからこそ、危険をいち早く察知して村人に教えてくれる村の守り神と言われているのです。その迫力あるシマフクロウと、神の魚と呼ばれるサケの動きのある姿が、アイヌの伝統刺繍を生かした布絵によって、見事に表現されています。
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