「ぐりとぐら」誕生50周年記念 あの人も「ぐりとぐら」ファン! ぐりとぐらと私

「ぐりとぐら」の絵本について、各界で活躍されている皆様から毎月一人ずつ福音館書店メールマガジンで、思い出やエピソードなどを綴っていただいています。こちらでその連作エッセイをまとめて掲載いたします。

「ぐりとぐらとぼく」         又吉直樹

 僕がはじめて、『ぐりとぐら』に出会ったのは、保育園に通っていた頃だった。保育園の本棚には、いくつも絵本が並んでいた。そのなかでも、『ぐりとぐら』は、みんなから大人気だったし、僕にとっても一番のお気に入りだった。
 のねずみの、ぐりと ぐら。二匹というのがたのもしい。常に仲間がいる。どちらにとっても、自分の提案に賛成し、更に楽しい要素を加えてくれる最高の仲間だ。ぐりと ぐらの世界にひたりながら、僕もその仲間でありたいと思った。
 ぐりと ぐらが作るカステラは本当に美味しそうだったから、僕のお腹は自然と音を鳴らした。カステラの香りに誘われて集まった森の仲間達との食事会はとても楽しそうだったから、そこに参加している自分を何度も想像した。そして、あの大きなたまごのからで作られた車にどれほど一緒に乗りたいと思ったことか。
 なぜ、『ぐりとぐら』を読むと心が踊るのか? それはほかでもなく、ぐりと ぐらの二匹が誰よりも、心を踊らせているからだ。
 『ぐりとぐら』から僕が学んだことは、まず自分が楽しんでいないと周りの人を楽しませることは出来ないということ。
 そして、なんの変哲もない日常に不満があるならば、自分で楽しいことを見つければ良いということ。ぐりと ぐらのように自身の中で好奇心を爆発させれば良いのだ。その爆発によって飛び散った好奇心の粒たちが日常を冒険に変え、楽しい物語を生む。大人になって、『ぐりとぐら』を読み返してみると、そこに人生を楽しむための重要な方法が描かれていたことに驚いた。『ぐりとぐら』は身をもって僕にそれを教えてくれていたのだ。
 たとえば、ぐりが悲観的に物事を捉えるタイプで、ぐらが面倒臭がりなタイプだったとしたら……。大きなたまごを発見しても、ぐりは、「このたまごから凶悪なバケモノが生まれて世界が終わってしまう!」と想像して逃げてしまったかもしれない。ぐらは、「こんな大きなたまごを運ぶのは無理だし疲れる。調理するにしても労力がかかりすぎる」と想像して逃げてしまったかもしれない。
 二匹は家に帰り、何事も起こらない日常を過ごしただろう。平穏であることも素晴らしい幸福かもしれないが、悲観的であったとしても、面倒臭がりだったとしても、たまにはぐりと ぐらのように好奇心を爆発させて、あらゆることに興味を持ち、前向きに面白いことを探しに行くことが人生を楽しく生きる秘訣だと思う。
 僕は、臆病で悲観的で面倒臭がりで顔色も悪い人間だけど、時には、ぐりと ぐらであろうと思う。なにもない日常を、生きにくい社会を、誰かのせいにせず、時代のせいにせず、自身の好奇心を爆発させて、退屈な日常も面白い毎日に変えていこうと思う。
 少年だった僕の心の底に、「日常は楽しむためにある」という意識の芽を植えたのは、きっと二匹のねずみ、ぐりと ぐらの仕業だと思う。

『あらいぐまとねずみたち』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵   
定価(本体800円+税)
又吉直樹
又吉直樹(またよしなおき)

1980年大阪府寝屋川市生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。2003年、綾部祐二と漫才コンビ「ピース」を結成。コンビとしてテレビ、ライブなどで活躍する一方、2,000冊以上読んでいるという趣味の読書を活かし文筆業でも活躍。著書に、『東京百景』(ヨシモトブックス)、『第2図書係補佐』(幻冬舎よしもと文庫)、『カキフライが無いなら来なかった』(せきしろとの共著、幻冬舎文庫)、『鈴虫炒飯』(田中象雨との共著、幻冬舎)などがある。

「ほんとうにほんと」         大友康夫

 『ぐりとぐら』が僕の人生を変えたというと、大げさに聞こえるかもしれませんが、ほんとうにほんと、正真正銘真実なのです。

 不覚にも21歳で親になってしまった僕は、その頃自分の身過ぎ世過ぎに不安を抱えていました。
 もともと不登校で学歴もなく、かと言って手に職がある訳でもなし、持ち前の容姿(今となっては誰も信じてはくれませんが)を活かし、ファッションモデルをしていました(なんと、当時あの菅原文太さんもファッションモデルだったんです!)。が、先の見通しは暗夜行路。それでも息子は成長して、園文庫から借りて来たのが『ぐりとぐら』でした。
 僕はひと目で『ぐりとぐら』に魅了されてしまいました。自分が世渡りのために捨ててきたものが、『ぐりとぐら』には満載だったのです。
 子どもの頃の愛読書ナンバーワンは『山のクリスマス』。『ぞうさんばばーる』『ひとまねこざる』『こねこのぴっち』『ちびくろさんぼ』『クマのプーさん』と続きます。きわめつきは『たのしい川べ』(以上、岩波書店)。
 この本たちが本棚の片隅で僕を待っていてくれました。

 そんなこんなで、見よう見まねの絵本作りを始めたのです。
 絵は中学校以来描いたことがありませんでした。そこで、人物デッサンの名人長沢節さんに相談しました。「その方がいい。なまじデッサンなんかやっていると、手で描いてしまうからね」とのこと。
 「えっ! 手で描かないで、どこで描くんですか?」
 「ハートだよ」
 そう言われれば、『ぐりとぐら』も"手で描いた"とはとても思えなかったので、ぼくはすぐに納得しました。
 これは後日証明されることになりました。いぬいとみこさんに紹介された山脇百合子さんは、ほのぼのとしていてチャーミング、ご自身がお描きになる絵そのものという方だったのです!
 最初の絵本原案を持ち込んだのはむろん『ぐりとぐら』の発行元福音館書店。未だにあの時のことを思い出すと冷や汗が出ます。高ーい敷居に、「こどものとも」の編集長だった征矢清さんが梯子を掛けてくれました。
 『あらいぐまとねずみたち』が出版されたのは『ぐりとぐら』を教えてくれた息子が小学校へ上がる年、3年が経っていました。
 彼の通っていた幼稚園は『あらいぐまとねずみたち』を卒園記念に子どもたちに配って、子どもたちと僕の門出を祝福してくれました。

 僕にとって『あらいぐまとねずみたち』は『ぐりとぐら』へのオマージュです。それはこの絵本をご覧になればお分かり頂けると思います。なんと、クライマックスのシーンにあの『ぐりとぐら』の名場面、カステラが焼きあがった場面が登場しているのですから。

『あらいぐまとねずみたち』 『あらいぐまとねずみたち』

大友康夫 作・絵  
定価(本体800円+税)
大友康夫
大友康夫(おおともやすお)1946年埼玉県生まれ。モデル、役者、運転手など様々な仕事を経て、子どもが幼稚園から借りてきた一冊の絵本がきっかけで、絵本作家に。作品に『どうすればいいのかな』をはじめとする「くまくんの絵本」シリーズ、『あらいぐまとねずみたち』『ざりがにのおうさま まっかちん』『ぼくのママが生まれた島 セブ―フィリピン』『いちばんでんしゃのしゃしょうさん』(以上、福音館書店)「くまたくんのえほん」シリーズ(あかね書房)など多数。東京都在住。
『ぐりとぐら』があって本当によかった!  大豆生田 啓友

 
 私は1965年生まれですから、生まれた頃には『ぐりとぐら』は誕生していました。いつ出合ったかは覚えていませんが、物心がついた時には好きでした。幼稚園の先生になった時も、このシリーズをどれだけ園児に読んだかわかりません。何度も、何度も子どもからリクエストがあったことを覚えています。わが家の3人の子育てでも何度も読みました。
 私は乳幼児教育・保育学が専門です。そして、保育者になることを夢見る学生の養成を行っています。大学の授業では、その冒頭に絵本を読むことがよくあります。数ある絵本の中でも、多くの学生が「あ!」と声をあげ、子どものような笑顔を浮かべるものがあります。それが、『ぐりとぐら』です。だから、私は学生が入学して最初に読んであげる絵本に選んでいます。なぜ、学生はそれほどまで笑顔になるのでしょうか。
 そこで、学生(大学2・3年生)約70名に簡単なアンケートをしてみました。まず、「子ども時代に『ぐりとぐら』を読んだ(でもらった)ことがありますか?」と聞きました。すると、びっくり。約9割が子ども時代(小学生くらいまで)に読んだ(でもらった)と回答しているのです。さらに、読んだことがあると回答した学生に、「それは、どこで、誰に?」と質問をしました。すると、「家庭で、母親から」が最も多く6割近くでした。幼稚園や保育園、学校との回答も4割程度ありました。
 思い出せるエピソードを書いてもらうと、圧倒的に多かったのは、「カステラを作って(もらって)食べた」など、カステラにまつわる記述でした。多くの家庭で、カステラ(ホットケーキ)を母親に作ってもらったり、一緒に作っているのですね。さらに、「『かいすいよく』を読んで、自分も手紙を書いて瓶に入れてお父さんとお風呂に浮かべて遊んだ」「母親と卵の車を作った」など、家庭でのたくさんのエピソードがあげられていました。家庭で親から読んでもらったということのみならず、親子の素敵なコミュニケーションにつながっているエピソードが多かったことに、とても温かい気持ちになりました。
 また、幼稚園や保育園での思い出もたくさん書かれていました。「保育園の年中のクラス名が<ぐりとぐら組>でクラスの歌もあり、今でも覚えている」「うみぼうずに影響を受けて幼稚園のプールで泳ぎを真似した」「園のどんぐり山で、ぐりとぐらごっこをして探検した」など、です。幼稚園や保育園でも『ぐりとぐら』が、素敵な出来事につながっていることがわかります。
 この学生アンケートから、あらためて『ぐりとぐら』が豊かな子ども時代に大きな影響力を持っていたかがわかります。『ぐりとぐら』を読むと、どの学生も、子どものようなかわいらしい表情になるのは、自分が大事にされ、わくわくした子ども時代に戻るからなのですね。そんな幸せになる絵本なのです。『ぐりとぐら』が世の中にあって本当によかったと、心から思います。きっとこの学生たちは、自分が保育者や親になって、子どもに読むことでしょう。だって、私がわが子や園児、学生たちに好んで読んできたのも、子どもの頃から好きだったからなのだから。みんなが私と同じことをするのかと思うと、思わずにんまりとしてしまいます。これからも、『ぐりとぐら』はそうやってずっと読み継がれていくのでしょうね。
 『ぐりとぐら』があって、本当によかった。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
大豆生田 啓友
大豆生田 啓友(おおまめうだ ひろとも)玉川大学教育学部准教授。1965年栃木県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科教育学専攻修了後、青山学院幼稚園教諭等を経て現職。日本保育学会理事、NPO法人びーのびーの理事等の社会的活動を行っている。専門は乳幼児教育学・保育学で、保育所・幼稚園、子育て支援施設など、乳幼児の現場にかかわる研究を行っている。著書に『子どもを「人間としてみる」ということ』(ミネルヴァ書房)『支え合い、育ち合いの子育て支援』(関東学院大学出版会)『子育ての悩み解決100のメッセージ』(すばる舎)など多数。
『すぐそばにある平和な世界』     セキ ユリヲ

 
 母がファンだったということもあり、『ぐりとぐら』は、とくべつに心に残る絵本のシリーズです。「このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること ぐり ぐら ぐり ぐら」というフレーズがなんとも心地よく、幾度も声を出して読んだ記憶があります。今でも子どものときのままに読んでしまいます。
 森の奥深くに入って行き、大きな大きなたまごを見つけ、おいしいかすてらをみんなで食べるなんて、夢のような世界。私の一番の好物が「たまご」になったのも、この絵本の影響かもしれません。「友だちと集まって旅をしながらなにかを食べる」という夢を頻繁に見るのも、もしかして、『ぐりとぐら』のせい……?
 今回、50周年を記念した展覧会のアートディレクションを担当させていただくという貴重な機会をいただいて、心からうれしく思っています。聞けば、今までにあまり公開されてこなかった絵本の原画がたくさん発表されるとか。いままで印刷物として見ていた絵本の原画は、どんな色やタッチなんだろう?どんな紙を使って描いているんだろう? 想像するだけでわくわくします。ページをめくるのが楽しくなるような図録や、展覧会が楽しみなるようなポスターを作りたいと、日々手を動かしているところです。どうぞお楽しみに。
 この準備がきっかけで、中川李枝子先生と山脇百合子先生が手がけた本を、初期から後期まで一気に読むことができました。おふたりが描いているのは、すぐそこにある平和な世界。平凡な日常の中にある幸せがあふれていて、安心感に包まれます。ときどき、うみぼうずやくるりくらなど、びっくりするような登場人物は出てくるけれど、すうっと自然に、物語に入って行けるのが素敵なところです。私も、奇をてらわずに、人の心を穏やかにするようなものづくりをこころがけていきたい、と思いました。

追記:最近飼いはじめた子猫が、くるりくらにそっくりなんです。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
セキユリヲ
セキ ユリヲ(せき ゆりを)植物や心象風景などをもとにやわらかくあたたかい図案をつくるデザイナー。
主宰する「サルビア」では、古きよき日本の伝統文化に学びながら、今の暮らしによりそうものづくりをすすめる。雑誌や書籍、ショップのビジュアルディレクションなどの仕事多数。 2009年より一年間スウェーデンに暮らしながらテキスタイルを学び、 現在は東京のアトリエでカード織りのワークショップをひらいている。
http://www.salvia.jp

「ぐりとぐらの思い出」      北斗 晶

  「ぐりとぐら」に出会ったのは、小学生のころ、学校の図書室だったと思う。あの大きいフライパンのホットケーキがおいしそうでたまらなかった。ねずみにとっては、ほんとうに大きいものね。卵が大きくて運べなかったから、森の中でホットケーキ焼いたんだから。あたしたちは小さいころ、ホットケーキなんてあんまり食べたことなかったから、あこがれたね。
子どものころ絵本を読んでもらったという記憶はなくて、家が田舎だったから、いつも外をかけまわって遊んでいる子どもだった。そう、「ぐりとぐら」みたいにね。
 長男が生まれて、幼稚園に上がる前、本屋さんに絵本をさがしにいって、恐竜の本とかとびだす絵本とかある中で、きちんとしたお話の本で、はじめて買ってやったのが「ぐりとぐら」だった。なつかしくてね。あたしは本を読むのが好きだから、本屋さんにはよく行くのよ。子どもたちには絵本はよく読んでやった。ホットケーキも焼いてやったし……。あれ、ほんとはカステラだったのね。
 夫の健介も子育てには積極的というか、子どもが迷惑がるほど、かまってやるのよ。開くと恐竜がとびだす絵本なんか、開く前にかまえていて、開くとき「ワアー」と大げさに読んでやるの。
 子どもたちは、だいぶ大きくなったけど、今でも長男も次男もお話の本が好きね。料理も好きで、けっこう自分でつくるのよ。
 子どもの小学校では、手に取りやすいように図書室ではなくて廊下のようなところに本が置いてあって、そこに「ぐりとぐら」があって、なつかしかった。この絵本は小学校に入る前の小さい子のための本だと思うけど、小学生の子どもにも受けるのよね。ほんとうにかんたんなお話で、絵もシンプルなんだけど。
 そういえば、アメリカに試合に行ったとき、アトランタで本屋さんにいってプロレスの雑誌をさがしていたら、「ぐりとぐら」の絵本を見つけたのよ。英語の本だったけど、あの絵を見てすぐわかったわ。青と赤のあの絵。これも「ぐりとぐら」の思い出ね。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
北斗晶
北斗 晶(ほくと あきら)1967年、埼玉県生まれ。1985年、女子プロレスラーとしてとしてデビュー。1995年にプロレスラー佐々木健介さんと結婚。2002年、女子プロレスを引退し、夫のマネージャーとしてセコンドにつき活躍。また主婦タレントとして多くのテレビに出演し人気を博す。私生活では男の子2人の母であり、料理・裁縫を得意とし、良き母としての一面を持ち合わせている。2006年、良い夫婦の日に「ナイスカップル賞」を受賞。2012年オリコン・アンケート「芸能界の良妻No.1」に選ばれる。
北斗 晶 OFFICIAL BLOG
「ぐりとぐらと、マルモのおきて」      阿相クミコ
 ぐりとぐらが大きなフライパンで作った、ふんわり、黄色いカステラ。森の動物たちとみんなで仲良く食べるシーンは、私の憧れでした。どんな味がするんだろう。どんな甘い香りがするんだろう。ライオンやゾウたちとどんな楽しいおしゃべりをしてるんだろう……。読むたびに絵本の世界に魅せられ、わくわくしながら何度も繰り返しページをめくったものです。
 連続ドラマ『マルモのおきて』で、アイテムとして“絵本”が必要になったとき、すぐに思い浮かべたのは『ぐりとぐら』のことでした。マルモ(阿部サダヲさん)の家に居候することになった双子の薫(芦田愛菜ちゃん)と友樹(鈴木福くん)。母親(鶴田真由さん)は死んだと聞かされていますが、実は生きていて、こっそり双子の誕生日を祝いに来ます。母親だということを告げずに実母が双子にプレゼントしたのは、フライパンで作った黄色いカステラでした。「わあ! ぐりとぐらのカステラだ♪」と大喜びする双子。それが絵本のことだと知らないマルモのために、双子は絵本の文章を大きな声で暗唱します。
 「ぼくらのなまえは ぐりとぐら このよでいちばんすきなのは おりょうりすること たべること ぐり ぐら ぐり ぐら――」。
 昔、母親から毎日のように読み聞かせてもらっていたので、すっかり文章を暗記していたのでした。双子にとってはそれくらい愛着のある絵本だったのです。母親も、今はワケあって双子と離れているけれど、愛情を持って子供たちを育てていたのでした。そんな親子の関係を、『ぐりとぐら』の絵本を使わせていただき、カステラと暗唱のシーンで表現しました。
 子供たちを愛していたから、毎日絵本を読み聞かせた母親。そして、愛されていたからこそ、絵本が大好きになった子供たち……。
 絵本は、幸せの象徴だと思います。絵本の世界に入り込むことも幸せだし、誰かに読んでもらうことも幸せ。そして、大人になっても絵本のことを思い出すたびに、幸せの感情がよみがえってくるとしたら、こんなに素敵なことはありません。この先、何十年も読み続けられるであろう『ぐりとぐら』。私もこの絵本と出会うことができて幸せでした。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
阿相クミコ
阿相 クミコ(あそう くみこ)脚本家。栃木県出身。コピーライターを経て、シナリオライターに。主な作品に、連続ドラマ『マルモのおきて』、『東京DOGS』(フジテレビ)、『鍵のない夢を見る』(WOWOW)、『彼は、妹の恋人』(BeeTV)など。
エム・エー フィールド所属
http://www.ma-field.com
「ラオスに行ったぐりとぐら」      安井清子
 私は20年以上前から、タイとラオスでずっと、子ども図書館の仕事に携わっています。一番初めに携わったのは、難民となってタイで暮らしていたラオスの山の民、モン族の子どもたちのところに、子ども図書館を作る仕事でした。モン族はもともと文字を持たず、子どもたちは絵本なんて見たこともありませんでした。私自身は当初モン語など一言もわからず、ただ、日本から絵本を200冊ほど抱えて子どもたちのところへ行ったのでした。
 その中に、「ぐりとぐら」が入っていました。少しずつモン語を覚えながら、身ぶり手ぶりを交えて、絵本をめくって見せたのです。青はぐり、赤はぐら…子どもたちはすぐに名前を覚えます。きちんと文章を訳すことはできなかったけれど、森に入って、木の実を拾ったりきのこを取ったりは、モンの子どもたちには身近なことで、自然にお話に入っていけるようでした。
 そこで出会う大きな卵! そのページをめくるたびに、ぐりとぐらと同じように目を真ん丸に大きくあけた子どもたちの顔を思い出します。卵を割るところでは、私が自分のげんこつで叩く真似をすると、子どもたちもまるでげんこつで石を叩いたかのように手を振って痛そうな顔をしたものでした。カステラなんてみんな食べたことないし…わかるかなぁ? と思いつつも作り方を説明すると、子どもたちは「砂糖と粉と卵…が入ったお菓子」を想像しはじめる…薪に火をつける…これは、モンの子たちは毎日やっている作業です。おいしそうなにおいにひかれて、かまどのそばに座るっていうのも、モンの子どもたちにはよくあること。(村ではガスなんかなくて、薪で料理しますから。もちろんケーキを焼くなんてことはないけれど…)きっとそんなこともあって、モンの子どもたちにとっては意外に現実に近い感覚で、動物たちと一緒に待っている気持ちになれるようです。
 そして、なんといっても、みんなで一緒に食べる幸せ…小さい動物は小さい塊、大きい動物は大きな塊。絵本を見ている子どもたちが、本当は分けまえはもらえないのに、幸せそうに満足気になってしまうのは不思議ですが、お話にひたって入り込んでいる子どもたちにとっては、ぐりとぐら、動物たちの幸せが自分の幸せなのですよね。
 私自身が出会った最初のぐりとぐらは、「ぐりとぐらのおきゃくさま」でした。4歳の時、1966年の1年間に届いた12冊の絵本は、今でもよく覚えています。家の縁側の片隅で、何度も何度も同じ絵本のページをめくったものでした。傑作集になっていないものは、その後ずっと見る機会がありませんが、「どうながダック」「てまりのうた」「ちょうちんあんこう」なども、その頃ページをめくった気持ちも思い出します。小さい頃に慣れ親しんだ本は、心の経験となって記憶の底にあるんだなぁ…と思います。今、ラオスの子どもたち相手にあれこれの絵本を読み聞かせしたりしていますが、自分たちが住んでいる世界とはまた違う、新しい世界に出会ってほしい…お話を通していろんな人生経験をして広い世界観を持ってほしい…と思う気持ちからです。ぐりとぐら自身がいつも興味津々のびっくりしたような目を見開いて、ページを開くたびに新しい世界に出会って行く…子どもたちは、ぐりとぐらと同じ目線で、同時に絵本のページをめくっているんだな…と、あらためてぐりとぐらの力を感じています。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
安井清子
安井清子(やすい きよこ) 1962年東京生まれ。NGOスタッフとして、ラオス難民キャンプでモン族の子どもたちのための図書館活動を担当して以来、モン族に関わる。現在ラオス在。自宅横とモンの村などで子ども図書館の活動に関わっている。モンの口承文化を記録・継承する活動もしている。著書に『空の民の子どもたち』(社会評論社)、『チューの夢トゥーの夢』(たくさんのふしぎ1997年10月号)『わたしのスカート』(たくさんのふしぎ2004年11月号)、『かたつむりとさる』(モンの民話訳、こどものとも年中向き1994年1月号)、『サルとトラ』(モンの民話訳、こどものとも2001年10月号)、『ラオスの山からやってきたモンの民話』(ディンディガル・ベル)などがある。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~pajhnub
http://www7! a.biglobe.ne.jp/~laosyamanoko
もう一組の「ぐりとぐら」      手塚貴晴・手塚由比
 しばしば我々をぐりとぐらと重ね、咄の酒肴にしたててしまう人々に出くわす。それらの方々の網膜には、ねずみの耳つきの頭部が我々夫婦の頭にすげ替わり、それぞれ赤青のシマシマシャツの上に載っている像が映っているらしいのである。
 ぐりとぐらと我々の間には相似点が多い。我々夫婦の持ち物はことごとく青と赤である。私自身青シャツだけでも100着は下らず、靴下に至っては倉庫の分までいれては数えることも叶わない。色というものは流行に左右される。綺麗な青や赤のものを見かけた時はすかさずまとめ買いをしておかないと、次の機会まで下手をすると10年待たねばならない。ぐりとぐらは何時も同じ服をきているが、実は行きつけの仕立て屋さんがいて、特別にあつらえてくれているのだろうかと思いを巡らせてしまう。
 ぐりとぐらは食いしん坊であるが、我が家も我が家なりに食べ物にこだわりがある。出来合いの出汁の素やブイヨンなどはご法度である。その我々からみれば、ぐりとぐらのカステラは実に魅力的である。単純な卵と小麦粉という組み合わせであるがゆえに素材に拘っているに違いない。卵は特大である。焼きあがったカステラは実にふっくらと魅惑的な黄金色に染まっている。和三盆でも使って上品な甘みに仕上げているのであろうか?いやいや森の中であるから、新鮮なメープルシロップが粗野ながらも奥深い甘みを喉奥へと届けてくれるに違いない。
 手塚貴晴はぐりとぐらなる名作をつい10年ほど前まで知らなかった。決して本を読まない子供ではなく、むしろ児童文学全集53巻を舐めるように読み潰すほどの本の虫であったのであるが、記憶にないのである。現在手塚貴晴は49才であるから、ぐりとぐらが日本の子供絵本の定番にまで成長する以前に、もっと字数の多い本に進んでしまったのであろう。よって40近くにもなって作品を拝見した時は、純粋に芸術作として新鮮な眼差しで鑑賞することとなった。
 現在44才の手塚由比の方は子ども時代から親しんでいたようである。この辺りには微妙な世代間格差がある。いまやぐりとぐらは我々夫婦といちいち似ているだけに想い入れは深い。その後子供が生まれ一冊一冊読み聞かせるようになって、その彼らも10才と7才。もはやぐりとぐらは他人でない。
 ぐりとぐらは兄弟だという。しかし、ときに我々と同じく夫婦のようにも想える。なれば何れ子供が生まれる筈である。子供達は何色になるのであろうか?我が家の娘は黄色、息子は緑色である。ぐりとぐらはネズミであるから子沢山に違いない。二色という訳にはいかないから、グラデーションで対応するのであろうか?いやそれは無理だ。洗濯すると色落ちして微妙な色合いは区別がつかなくなり所有権が不明確になってしまう。ということは女の子は赤、男の子は青という単純な区分けで、すべてを分かち合う家族になるのであろうか?

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
手塚貴晴・手塚由比
手塚貴晴・手塚由比(てづか たかはる・てづか ゆい) 貴晴1964年東京都生まれ、由比1969年神奈川県生まれ。1994年に手塚建築研究所を共同設立し住宅、幼稚園、オフィス、病院など様々な建築設計を手掛けている。日本建築学会賞、グッドデザイン金賞他受賞。代表作のふじようちえんは国内のみならず、海外でも高い評価を得ており、2011年にはOECD(経済協力開発機構)によって世界一の学校施設に選ばれた。
手塚建築研究所公式サイト http://www.tezuka-arch.com/
「物語を共有する力」      メリーゴーランド京都店店長 鈴木 潤
 我が家の『ぐりとぐら』は35年ほど前のもの。たぶんまだ出来たばかりのメリーゴーランドで母に買ってもらったのだと思います。メリーゴーランドは1976年7月7日に三重県の四日市にできた子どもの本専門店。当時はまだ子どもの本専門店に馴染みもなく、近所の人たちからは「普通の本ないの?」とよく聞かれたそうです。
 私はよく母に連れられて本を買ってもらっていました。ですので私にとっての本屋はメリーゴーランドであり、切り株のイスにすわって、いつまででも好きなだけ本を読んでいいのが「本屋さん」だとずっと思っていました。
 家にはわりと本があったと思うのですが、中でも『ぐりとぐら』は特別お気に入り。先日実家からぼろぼろの『ぐりとぐら』を持ち帰り、3才の息子に「この本知ってる?」とたずねると「しらへん!」と言うではありませんか!初めて『ぐりとぐら』を読むところに遭遇できるなんて、これぞ母の醍醐味と思い、わくわくしながらページをめくりました。
 久しぶりのぐりとぐらはとても元気で、相変わらずのくいしんぼう、楽しそうに歌いながらお料理をしていましたので、なんだかほっとしました。
 そうです、なつかしい友達に再会したような気分だったのです。息子は大きなたまごやカステラ、そして最後の車に夢中の様子。私はすっかり大人になり、お母さんになったけれど、今隣にいる小さな人と一緒に、私の中の子どもの自分が喜んでいるなあと感じました。
 私が一番好きなのはみんなでカステラを食べているページ。中でもかめがとても大事そうにカステラを両手で持っている姿がとても愛おしかったのをよく覚えています。今でもページをめくるたび、やっぱりかめがちゃんと食べているか気になってしまうのですから。
 息子に初めての『ぐりとぐら』を読みながら、「物語を共有する」絵本の持つ力はそのことに尽きると改めて感じた夜でした。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
鈴木潤
鈴木 潤(すずきじゅん) 1972年三重県生まれ。三重県四日市にある「子どもの本専門店メリーゴーランド」で13年企画を担当。海外の作家や出版社、子どものイベントを訪ねるツアーや、アメリカ各地にあるチルドレンズミュージアムを訪問するなどツアーを多く手掛ける。 2007年京都店の出店にともない京都に移住。雑誌での絵本と子育てのエッセイ、ラジオでの絵本紹介など、多方面で活躍。少林寺拳法弐段。
公式ブログ http://junzizi.exblog.jp/
オヤジの絵本読み聞かせ隊         北原こどもクリニック院長 北原文徳
 生まれ故郷の長野県伊那市で小児科医院を開業して15年が経ちました。早いものです。開業した時には未だ母親のお腹の中にいた次男が中学3年生、長男は高校2年生になりました。子どもはほんと、あっという間に大きくなってしまいます。
 当時の僕は絵本というものに全く興味がなかった。だから、待合室の本棚にディズニーのアニメ絵本や、戦隊レンジャーなどキャラクターのテレビ絵本を平気で並べていました。無知だったのです。
 そんな僕に「絵本て面白いな!」と初めて気づかせてくれたのが『ぐりとぐら』でした。赤ん坊の世話で大変な妻に代わって、長男を寝かせ付けるのは父親の役目で、残業も夜勤もない自営業だから出来たことでした。ある日のこと、息子とベッドに横になり、手にした『ぐりとぐら』の表紙を見ていてふと、どっちが「ぐり」で、どっちが「ぐら」なんだろう? と、疑問に思ったのです。しばらく眺めているうちに「あっ!」と気がつきました。青い字で「ぐり」と書かれた下に、青い帽子と青い服の野ネズミが描かれていることに。
 絵本の「絵を読むこと」の面白さを知った僕は、このあと絵本の魅力に一気に引き込まれて行きました。でもそんな僕がその後に自分の息子以外の子どもたちの前で絵本の読み聞かせをするようになったのは、こんなきっかけがあったからです。
 そう、あれは平成14年11月のこと。全国の小児科医を結ぶメーリング・リストで、オピニオン・リーダー的な役割を果たしていたのが、東京都文京区大塚で開業する内海裕美先生でした。絵本にも大変造詣が深い先生で「みなさんも園医をしている保育園へ行って、健診のあとに絵本を読んでみませんか? 楽しいですよ!」そうMLで呼びかけたのです。絵本の読み聞かせに興味はあったけれど、自分の息子以外に読んだことがなかった僕は、直ちにその呼びかけに飛びつきました。ちょうど秋の内科健診が高遠第一保育園であったのです。
 健診のあと、園長先生に頼んで年中組の子どもたちに絵本を読ませてもらいました。『でんしゃにのって』(とよたかずひこ作・絵 アリス館)と『さつまのおいも』(中川ひろたか文/村上康成絵 童心社)の2冊。まったくの初体験でとても緊張しましたが、ちょうど翌日が「いも掘り大会」だったこともあり、子どもたちは大盛り上がり。「もっかい読んで!」の大合唱となりました。うれしかったなぁ。帰ろうとすると、子どもたちは先を争って僕の両手を握りしめ、「せんせい、せんせい、絵本おもしろかったよ! またきてね」と、いつまでも手を離そうとしません。僕が玄関まで移動すると、何十人もの子どもたちがそのまま付いてきて、まるで熱狂的なファンに囲まれた、ジャニーズのアイドルスターのようでした。
 僕は「あの日」の成功体験が忘れられなくなってしまい、絵本が好きな伊那市在住の父親4人(子どもの本屋さん、幼稚園教諭、伊那市職員、小学校教諭)と共にオヤジの絵本読み聞かせ隊を結成し、活動を始めて10年目に入りました。お酒も入ってないのに、ステージで歌ったり踊ったりするのは未だに少し抵抗がありますが、子どもたちの素敵な笑顔が見たくて、長野県下の保育園や図書館を中心に96回の公演をこなしてきました。自分が読む時よりも、他のお父さんが絵本を読む時の子どもたちの反応を横から見るのが好きです。わざと小さな声で怖い話を読み始める幼稚園教諭の倉科さん。すると、子どもたちは急に静かになって一言も聞き逃すまいと絵本に集中するのです。いつしか読み手と子どもたちが一体となり、濃密な場がそこに生まれる。見ていてゾクゾクする瞬間です。
 ところで、5人の父親が10年間で500冊以上も読んできた絵本の中に『ぐりとぐら』は何故か入っていません。たぶん遠慮しちゃうんでしょうね、定番中の定番だから。

『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
北原文徳
北原文徳(きたはらふみのり) 1958年、長野県上伊那郡高遠町の生まれ。1998年、長野県伊那市で小児科医院「北原こどもクリニック」を開業。2004年より伊那のパパたちによる「絵本ライヴ」の活動を行っている。『小児科医が見つけた えほん エホン 絵本』(「小児科医と絵本」の会 編著 医歯薬出版)の執筆に参加している。絵本のほかに落語・ジャズ・ミステリーにも造詣が深い。
公式ブログ http://kita-kodomo.dcnblog.jp/
ぐりとぐらとぶたぶた         矢崎存美
 「ぐりとぐら」誕生五十周年おめでとうございます。
 私はぐりとぐらとともに育ってきた──と言いたいところですが、実は子どもの頃に読んだ記憶はありません。でも、大人になってから読んでも、「ぐりとぐら」は魅力的です。特にかすてらが!
 私は子どもの頃からフィクションに登場する食べ物の描写に敏感な人間で、そういうシーンを読むたびに、
 「こんな表現ができたらいいな」
と思いながら小説を書き続けて大人になり、ついにはそれが仕事になりました。
 実際のところ、食べ物の描写は小説の面白さとは別物だとわかっているのですが、食に対する感情はある意味非常にわかりやすい人物描写だと自分では思っています。おいしそうな食べ物を見てどう思うか、それをどんなふうに食べるか、というのは、どんな家庭でどんな生活を送っているか、けっこう見えてしまうものです(現実もそうですね)。
 「ぐりとぐら」は、かすてらを焼いている時のみんなの期待感やいい香り、そしてフライパンのふたが開いた時と食べた時の幸福感と満足感が詰まっています。そんな気持ちを、私の作品を読んだ人にも味わってもらいたいと思い、『ぶたぶたカフェ』という作品を書きました。
 『ぶたぶたカフェ』は、山崎ぶたぶたというバレーボール大のピンクのぶたのぬいぐるみ(中身はおじさん)がやっている"朝食カフェ"が舞台になっています。パンケーキ、ホットケーキ、ビスケットなど、かすてらの仲間たちを主に出すカフェで、そこに思いがけなくかかわることになった主人公と周囲の人々のお話です。
 ぶたぶたはとても料理上手で、彼のシリーズ作品では何度となくその腕前を披露しています。彼とぐりとぐらの共通点は、料理すること、食べること、食べてもらうことが大好きということ。料理と食の喜びに一体感があるのがうらやましい。
 どうして私がそういう一体感に惹かれるかというと、私は子どもの頃から食いしん坊なのですが、料理があまり好きではないからです。ぐりとぐらやぶたぶたのような料理上手の人においしいものを作ってもらいたい、といつも思っているからこそ、絵本や小説、映画やマンガなどの中に描かれているおいしそうなものに目が行き、それがどんな手順で作られているのかというのを想像する。せめて想像の中だけでも、料理する喜びを味わいたいので。
 それがとても楽しいから、自分で書く時も思いきり味覚を刺激させようと気合が入ります。読んでいてお腹がすくように、読み終わったらすぐに「◯◯が食べたい!」と叫びだしたくなるものにしたい。
 「ぐりとぐら」を読み終わった時も、
 「かすてら食べたい!」
と叫びました。ぶたぶたもそう思ったはずです。だから、『ぶたぶた図書館』という作品では、彼のお気に入り絵本として紹介させていただきました。
 彼が実在していれば、すぐさまぐりとぐらのかすてらを作って、私に振舞ってくれたことでしょう。実在していれば、ですけど……。

『ぶたぶたカフェ』(光文社文庫)
『ぶたぶた図書館』(光文社文庫)
『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
矢崎存美
矢崎存美(やざき ありみ) 埼玉県出身。1985年、星新一ショートショートコンテスト優秀賞を受賞。1989年、作家デビュー。代表作の「ぶたぶた」シリーズ(徳間文庫、光文社文庫)は、ぶたのぬいぐるみ"山崎ぶたぶた"が、姿以外は全くふつうの"人"として各作品でさまざまな職業をもって登場し、温かい人間ドラマを展開する、現実社会を舞台としたファンタジー。他に『キルリアン・ブルー』(角川書店)、「神様が用意してくれた場所」シリーズ(GA文庫)など、多数の作品がある。
公式ブログ http://yazakiarimi.cocolog-nifty.com/
「ぐりとぐら」に感謝         筒井頼子
 私がまだ若い母親だった頃です。
 長女が二才を過ぎると、物語に興味を示しはじめました。子どもの本について、ほとんど何の知識もないまま、ある日、私は本屋の奥まで入りこみました。そこで出会ったのが、『ぐりとぐら』です。
 頁を繰っていくうち、私は自分の立っている場所も時間も忘れていました。幼い頃、私は森の中でひとりで遊ぶのが好きでしたが、突然、目の前にその森が立ち現われ、広がりました。幼い私が、空想の中で、その森へ一緒に連れていった動物たちが、絵本の中でいきいきと動きだしたのです。どの頁の中にも、幼い日の私がひそんでいるようでした。
 私はさっそく『ぐりとぐら』を買い求め、家に帰って娘に読んでやりました。その日から、娘もすっかり夢中になりました。都会の真ん中で、森などとは全く無縁に暮らしていたのでしたが。
 どれほど読んでやったことでしょう。朝に昼に夜に。娘が嬉しい時、寂しい時に。あのぐりとぐらの歌を一緒に歌っては、よく踊りました。娘はひとりで本を開いては、すっかり覚えた物語を、読みあげるのも好きでした。時には黙って、ただなでたり、さすったりもしましたし、こっそりなめているのを見たことさえあります。ですから、その本の上に立っている娘の姿を目にした時には、本当にがっかりしました。
 「深呼吸! 深呼吸!」どなりそうな自分を落ちつかせながら、娘に近づいて、わかったのです。娘が、なぜ、その頁の上に立って、かすかに足踏みしていたのか――。娘が立っていたのは、ぐりとぐらが、集まってきた森の動物たちと、大きなカステラを分けあって食べている、あの場面でした。娘はうっとりとした表情で、その場面の中に入りこもうとしていたのです。足のつま先から頭のてっぺんまで、まるごとです。
 「大事な本だから――」と、私は娘を抱きとって、その頁を前にふたりで並んですわり、絵の中のカステラを分けあって食べました。
 幼い子どもをそこまで捕えて放さない「ぐりとぐら」が、そして、絵本そのものが、私はとても羨ましくなりました。やがて、羨ましいのなら、自分でも書いてみようと思いたったのです。
 できあがった作品の幾編かを、『ぐりとぐら』が出版されていたという理由で、福音館書店に投稿してみました。それが編集部の目にとまったのでしょう。中の一編「はじめてのおつかい」は編集部のアドバイスを頂きながら、1976年、月刊「こどものとも」3月号として、出版されることになりました。他の幾編かは、「母の友」に載せて頂きました。その後、「子どもの館」(※)でも作品が掲載されるようになったのです。「子どもの館」は私にとって、長く子どもの本の学校のような存在になりました。
 まるで、よくできた夢のような話です。
 『ぐりとぐら』に出会わなかったら、子どもの本の世界への扉は、開かれなかったかもしれないと思うと、あの本屋での偶然に、本当に感謝しています。
 ちなみに、二女も三女も、同じような成長の過程で、同じ場面に、同じようにもぐりこもうと試みたのでした。
 今、本棚に並んでいるのは、三代目の『ぐりとぐら』です。本を開くと、娘たちの幼い日の声や表情が、共に楽しんだ日のまま、懐かしく思い出されます。

※ 「子どもの館」…1973年から1983年まで、児童文学の世界を広げ深めていくことを目的に小社より刊行された月刊雑誌。
『ぐりとぐら』 『ぐりとぐら』

中川李枝子 文/大村百合子 絵  
定価(本体800円+税)
『はじめてのおつかい』 『はじめてのおつかい』

筒井頼子 作/林明子 絵   
定価(本体800円+税)

撮影 宇井眞紀子
筒井頼子(つついよりこ) 1945年、東京に生まれる。広告会社などに勤務後、絵本、童話などの創作を始める。童話に『ひさしの村』『いくこの町』『雨はこびの来る沼』(現在品切れ)、主な絵本に『はじめてのおつかい』『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とんことり』『おでかけのまえに』(以上福音館書店)などがある。宮城県在住。

Illustrations(c) Yuriko Yamawaki

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