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冒険小説のおもしろさ満点『海底二万海里』
多賀 京子
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ジュール・ベルヌの『海底二万海里』。子どものころ大好きで、何度も読んだ物語です。まるで実際の報道に接しているような冒頭部分で早くもぐいぐい引きこまれ、アロナックス博士たちが潜水艦ノーチラス号に収容されるころには、物語の世界にすっかりはいりこんでいました。艦内の空気がにごれば息苦しさを感じ、ガラス越しに見える海中の美しさに息をのみ、巨大生物との死闘には、ハラハラドキドキ。海底に没したアトランティス大陸に連れていかれたときには、アロナックス博士に負けないくらい驚きました。まさに冒険小説としてのおもしろさ満点だったのです。
そして物語をさらに読みごたえのあるものにしている登場人物が、ほかでもないネモ艦長です。実名を捨て、〈だれでもない〉というラテン語〈ネモ〉を名乗る艦長は、「海はすべてです。……ここでこそわたしは自由なのです」と海への思いを熱く語り、心には深い哀しみと激しい憎しみを秘めています。暗い部屋でひとりオルガンを物悲しく鳴らし、人間社会と縁を切る超然とした一面を持ちながら、地上で苦しむ人々に救いの手をさしのべる。ネモ艦長はいったいどういう人間なのだろう、と子どもなりにいろいろ考えさせられました。その勇気に敬服し、虐げられた人の味方であるところに理想の人間像をみたのを覚えています。端的にいうと、ネモ艦長はクールでかっこいい、とかなりの好印象を抱いたのでした。
六年生のときの夏休み読書感想文が出てきたのですが、結びに、たとえ離艦の自由を奪われようとも自分だったら脱走せずにノーチラス号で旅をするほうを選ぶ、そのほうが絶対おもしろいと思う、というようなことが(子どものことばで)書いてありました。そう、きっとわたしはノーチラス号に乗りたくて何度も物語を読み返したのです。そして登場人物たちに会い、いっしょに冒険を楽しんだのでしょう。
ちなみにこのたび古典シリーズで本作品を読み直していて、新たに発見したことがあります。脇役のコンセーユとネッド・ランドが、とてもいい〈コンビ〉なのです。学問的分類マニアのコンセーユ対「わしらは、喰える魚と、喰えない魚とにわけるのだ!」と言い切るネッド・ランド。このふたりが各々のやり方で延々と魚の分類をつづけ、その議論は、『このふたりをあわせれば、さぞかしすぐれた博物学者ができあがったことだろう』というアロナックス博士の感想で締めくくられます。笑いを誘う場面ですが、“基準を設けて分類することで逆に見えなくなるものがあるのだ”とベルヌが語っているようでもあります。ものごとの本質を見極め、大切なことは何なのかを考えようとするこのようなベルヌの目は、作品のいたるところで感じられました。
最後になりますが、この古典シリーズのあとがきで、ベルヌが後年書いた『神秘の島』でネモ艦長の謎を解き明かしていることを遅ればせながら初めて知りました。一瞬、胸が躍りました。でも実は、読もうかどうか迷っています。謎は謎のまま置いておくのがよいのかもしれませんから。それでもいつかはきっと、ネモ艦長に会いに神秘の島を訪れるだろうと思います。ベルヌは、どんな再会を用意してくれているのでしょう。
『海底二万海里』
J・ベルヌ作/清水正和訳/A・ド・ヌヴィル画
『神秘の島』
J・ベルヌ作/清水正和訳/J・フェラ画
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多賀 京子(たが きょうこ)
1955年、岡山県に生まれる。上智大学外国語学部フランス語学科卒。絵本、児童文学の翻訳家として活躍するかたわら、図書館や小学校で昔話などを語るストーリーテリングの活動もしている。訳書に『あかいことりとライオン』『水晶玉と伝説の剣』(以上、徳間書店)、『この湖にボート禁止』『ベスとベラ』『ふしぎなロシア人形バーバ』(以上、福音館書店)などがある。神奈川県在住。
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