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インガルス一家の物語の思い出

DVD-BOX発売を記念して読者の皆様からご応募いただいた
「インガルス一家の物語の思い出」から優秀作3点を掲載させて
いただきます。

高橋和恵様 |  鈴木規子様 |  田島多恵子様

「大草原の小さな家」の衝撃
高橋和恵(宮城県仙台市)

 私は30年前、読書が大好きな子どもでしたが、典型的なテレビっ子でもありました。ですから、恐らく多くの人がそうであったように、私もドラマからこの物語を知った一人です。理想的な両親(しかも美男・美女!)、可愛い三姉妹、そしてあの家族を象徴するような温かさが満ち満ちた何もかもが手作りの家。私にとって「大草原の小さな家」がどれほどの憧れが詰まったものであったかを言葉で表現するのは難しいことです。そして、「大草原の小さな家」は、私にとっての初めての(いい意味での)カルチャーショックだったように思います。
  特に、母さんの「今夜の夕食はアップルパイよ」というひとことは忘れられません。アップルパイは不二家で買うものと決まっていた私には、アップルパイを家で焼くことができて、しかもそれが夕食になるなんて信じられませんでした。そして、なんとそこに「母さんのアップルパイは世界一だ」なんていう父さんのセリフがつくのですから衝撃的です。さらには夕食後にバイオリンの演奏が待っているのです。こたつでスナック菓子などを食べながら観ている私はあまりの我が家との落差に驚くと同時に本当に感動し、すっかりドラマの世界のとりこになってしまいました。(ちなみに我が家はごく一般的な日本家屋に住む、ごく一般的な70年代の日本人家庭でした。)
  その憧れに拍車をかけたのが原作本でした。
  原作にもドラマと同じくらい夢中になったきっかけは、なんといっても第2巻の表紙のおかげです。父さんの作った馬車の後ろに座ったメアリーとローラがこちらを見ています。馬車の下にはジャックもいます。メアリーとローラはとても不安げな目をしているけれど、きっと大きな森の家を出発したばかりだったのでしょう。でも、子どもの私はその不安に気づかず、とにかく「テレビと同じ!」ということが嬉しく、その表紙からすんなりと原作にも入ることができました。そして、当然ドラマと同じくらい好きになりました。表紙を初め、ひとつひとつの挿絵を見ているだけでも幸せでした。とにかく、あの頃はビデオデッキももちろんなかったので、いつでも「大草原…」の世界にひたれる原作本は本当に大切なものでした。
  ドラマのエンドロールに「原作/ローラ・インガルス・ワイルダー」と出ていたので、ローラが書いたお話しがもとになっていることは知っていましたが、実際に本を読むまではあの家族が「本当に存在した」ということを実感することができませんでした。でも、原作を読み、すっかり考えが変わりました。ローラの書いた文章で様々なことが具体的に伝えられている分、ドラマよりも何もかもがリアルで、インガルス一家の存在だけを実感するのではなく、開拓時代という、アメリカの歴史の1コマの中に自分までもがすっぽり入ったような気分に浸れることも楽しみになったのです。時には恐ろしくも悲しくもありましたが、その「楽しいけれども怖さも悲しさもある」体験が読書の醍醐味なので、この原作はそれを子どもにも強く感じさせてくれたという意味でも本当に素晴らしい作品です。
  本屋に行くたびに眺めていたこの原作本を買ってもらったのはクリスマスです。あの時の感激は今も忘れません。今でも大切にしている本の裏側をみると2から5巻目は1,500円となっています。ちょっとだけ薄い「大きな森の小さな家」でも1200円です。今買ったとしても決して安い値段ではありません。私の家は普通のサラリーマン家庭でしたので、特に裕福というわけではありません。本当に奮発してくれたのだと思います。
  あの頃は気づきませんでしたが、今になってそのありがたみをしみじみと感じます。もしもあの頃に買ってもらってなかったとしてもきっといつかは自分で購入していたと思います。でも、「大草原…」に1番夢中になっていたあの頃に両親に買ってもらった本だからこそ、今手元にあることにありがたみを感じることができるのです。
  ローラが自分の子どもの頃を思って書いた本を読みながら、私もあの頃の幼かった自分や両親や、そして、私の家庭での様々なできごとをきのうのことのように思い出し、結局、家族との思い出というものは、いつのどんな場所のものであっても決して変わらない、忘れがたい大切なたからものなのだということに気づかされるのです。
  それを気づかせてくれたこの5冊の本たちも、私にとって一生手元に置きたい宝物です。

高橋和恵様 |  鈴木規子様 |  田島多恵子様

小さな本の大きな世界
鈴木規子(福島県会津若松市)

 私の本棚の特等席に置いてあるのは、あの物語。100年以上前の、遠いアメリカのお話。電気もガスもなかった頃の、力を合わせて生きていたインガルス一家の物語。
  私がこの家族のことを初めて知ったのは、小学5年生の時。テレビドラマからでした。なんて素敵なんだろう、原作本があるんだ、読んでみたいな……。そんな時、母が入院しました。病院のすぐ近くに図書館があったので、お見舞いのたび、足を運んでいました。そしてある日、見つけたのです。ローラの本を。これだ……。私は棚の前にしゃがみ込みました。手に取ると、ずっしり重い。素敵な挿絵がついていて、背表紙の色が5冊全部違っています。ほんわかした空気が、私と本のまわりを包みました。心臓はドキドキ。目は本にくぎづけです。だけど私は、本を開くことなくそのままそっと棚に戻しました。「この本は今読まないでおこう。これは買って、自分のものにして読む本だ」と思ったのです。
  誰にでも幸福な本との出会いがあるでしょう。私はこの瞬間がそうでした。読む前から大好きだとわかる本。抱きしめたい、食べてしまいたい(?)と思う本。生涯の友となるような本との出会い…。
  こうしてその年のクリスマスに、インガルス一家は幌馬車に乗って……いえ、赤いリボンで結ばれて、私のもとにやって来たのです。
  それ以来、自分の本となったこの5冊を、私は繰り返し読み、その世界にひたりました。横に並べて、長いこと表紙に見入ったり、なでてみたり、後ろの地図を写したり。遠くて広くて見たこともない世界が、時をこえて、今、私の手の中にあるのです。本って不思議、楽しいな……。読書への興味が、この本によっていっそう深まりました。
  当時私は転校したてで、新しい学校に馴染めずにいました。自分を表現するのが下手で、本当の自分を出せなかったのです。ローラの世界を心の中に持っていたことが、大きな救いになっていたと思います。
  このシリーズの魅力は、どこを読んでも今起きているかのようにありありと感じられること。だからその時の気分で、どの場面にもスーッと入っていけるのです。メイプルシロップを味わったり、チーズ作りをしたい時は、「大きな森の小さな家」、草原の空気を思い切って吸いたい時は、「大草原の小さな家」、ひんやりしたクリークに足をつけたい時は「プラムクリークの土手で」、月の光の中、氷すべりしたい時は、「シルバーレイクの岸辺で」、畑で汗水流して、おいしいものをどっさり食べたいときは、「農場の少年」、というふうに。
  どの本にも共通するのは、働くこと、食べること。皆それぞれ役割が決まっていて、与えられた仕事をきっちりしています。一つ一つの仕事が、目の前の食べ物、着る物につながっているのです。子供は親の手伝いをしながら、人工物のない自然の中で遊び、生きる力を身につけていくのです。
  お隣さんはずっと離れているのに、自然の驚異とは隣り合わせのローラ達の暮らし。読んでいる私達は、襲って来る天災にハラハラし、秋の実りにホッとして、夜、暖炉の前でインガルス家の一員となって、くつろぐことができるのです。
  ローラはあこがれ、羨ましいな……。でも振り返ってみれば、私にも居心地のいい家があって、毎晩夕食を共にする家族がいて、親に守られている安心感があった……。そういうものは幼いローラが感じたように、「ずっとむかし」になんかなりはしないのです。
  本棚の特等席にある5冊の本。ケースは色あせてしまったけど、中身はきれいなまま。ページをめくるだけで、開拓時代にタイムスリップできます。それは同時に、この本を初めて手にした少女の頃の私に出会う旅でもあるのです。

高橋和恵様 |  鈴木規子様 |  田島多恵子様

「インガルス一家の物語」に支えられて
田島多恵子(茨城県取手市)

 私には故里がありません。教員だった父とともに、家族ぐるみで僻地を転々として育ったからです。最も長く住んでいるのが今の土地で、やっと、20年になりました。ここに家を求めて大阪から引っ越すとき、ある友人は、「田島一家の旅も終わり、いよいよ我が家への道ですね」という言葉で送ってくれました。この言葉がすぐに通じるほど、私にとってインガルス一家の物語は特別なのです。
  1974年、長男の出産直前に転居しました。小さな新聞社に職を得た夫が、研修期間を終えて、地方の通信記者として赴任したためです。夫に家族はなく、私の家族は北海道に住んでいました。出産は緊急手術で、おまけに、初めての子育ては、予期せぬトラブル続き。通信記者の妻は外出もままならず、近くに相談できる人もなく、30歳の私が母親として最初に迎えた試練でした。そのとき、ある新聞で「インガルス一家の物語」の紹介記事を読みました。その少し前に『子どもの図書館』でも、同じシリーズ名に出会っていたので、本屋で『長い冬』(岩波書店)を見かけると、すぐに買い求めました。
  この物語は、私を子ども時代に連れていってくれました。戦後間もなく、北海道の山村で育った私には、蓄えが底をついていく不安も、大吹雪の恐怖も現実のことでした。雪解けが始まると、私たち姉妹は林の中を歩き回り、食べられる草を見つけては大いばりで持ち帰ったものです。そんな日々の中でも、お話を聞いたり、本を読んでもらったり、みんなで歌を歌ったり、あやとりやお手玉をしたり、と、いつも家には楽しい時間がありました。町の子と同じ学力をつけるため、復習も欠かしませんでした。ローラの母さんのように、私の母も、子どもたちのために心を配っていたのです。
  中学の頃から母に反抗し、結婚も上京も、母の気持ちを無視して推し進めてきた私でしたが、『長い冬』を読みながら、母がいて今の私があることを、つくづく考えていました。
  これがきっかけで、シリーズ全作品を買いました。そして、気持ちが滅入ったときには必ず開く本となりました。知らない土地に移り住むと、まずお隣さんと親しくなることを考えたのも、「どんな事態を迎えても、明るく楽しく乗り越える工夫をする」という生き方も、ローラの母さんから学んだことでした。長女と次男の出産時には、このシリーズを持って入院しました。新潟の病院では「産後に読書をしすぎると、視力が落ちますよ」と、注意してくれた若い看護師さんがいました。でも、私があまり熱心に読んでいるので、「ちょっと貸してね」と借りていき、何冊か読んでしまいました。
  千葉市と大阪市では、『大きな森の小さな家』と『大草原の小さな家』が、友人の入院に付き添いました。二人の感想では「この本を読むと、病気だって明るく前向きにやり過ごそうという気持ちになれる」ということでした。3年前、くも膜下出血で突然夫を亡くしたあと、夜中に目が覚めて眠れなかった私も、何度ローラの本を開いたことでしょう。
  ローラは「開拓者はもっと先へ進めばもっといい--と信じるように、農夫もまた(時間的に)もっと先へ進めばもっといい--と信じている」と書き、シリーズの最終章を、未来を信じる言葉で結んでいます。その精神が、読む者に勇気を与えてくれるのではないでしょうか。私の家族はこのシリーズが、私を元気にしてくれることを知っていて、母の日や誕生日になると、関連図書の新刊や、原書を贈ってくれました。ですから、私の手元にはいつも、ローラの本が並んでいます。実は、ホームページでこの募集を見つけ、応募を勧めてくれたのも、成人した子どもたちなのです。




インガルス一家の物語について
各巻の内容
ローラのかあさんの子ども時代「クワイナー一家の物語」
インガルス一家の物語の思い出
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