このサイトをご覧いただくにはFLASH PLAYERが必要です。ダウンロードするにはこちらのバナーをクリックしてください。
|
|
DVD-BOX発売を記念して読者の皆様からご応募いただいた 「インガルス一家の物語の思い出」から優秀作3点を掲載させて いただきます。 |
 |
「インガルス一家の物語」に支えられて
田島多恵子(茨城県取手市)
私には故里がありません。教員だった父とともに、家族ぐるみで僻地を転々として育ったからです。最も長く住んでいるのが今の土地で、やっと、20年になりました。ここに家を求めて大阪から引っ越すとき、ある友人は、「田島一家の旅も終わり、いよいよ我が家への道ですね」という言葉で送ってくれました。この言葉がすぐに通じるほど、私にとってインガルス一家の物語は特別なのです。
1974年、長男の出産直前に転居しました。小さな新聞社に職を得た夫が、研修期間を終えて、地方の通信記者として赴任したためです。夫に家族はなく、私の家族は北海道に住んでいました。出産は緊急手術で、おまけに、初めての子育ては、予期せぬトラブル続き。通信記者の妻は外出もままならず、近くに相談できる人もなく、30歳の私が母親として最初に迎えた試練でした。そのとき、ある新聞で「インガルス一家の物語」の紹介記事を読みました。その少し前に『子どもの図書館』でも、同じシリーズ名に出会っていたので、本屋で『長い冬』(岩波書店)を見かけると、すぐに買い求めました。
この物語は、私を子ども時代に連れていってくれました。戦後間もなく、北海道の山村で育った私には、蓄えが底をついていく不安も、大吹雪の恐怖も現実のことでした。雪解けが始まると、私たち姉妹は林の中を歩き回り、食べられる草を見つけては大いばりで持ち帰ったものです。そんな日々の中でも、お話を聞いたり、本を読んでもらったり、みんなで歌を歌ったり、あやとりやお手玉をしたり、と、いつも家には楽しい時間がありました。町の子と同じ学力をつけるため、復習も欠かしませんでした。ローラの母さんのように、私の母も、子どもたちのために心を配っていたのです。
中学の頃から母に反抗し、結婚も上京も、母の気持ちを無視して推し進めてきた私でしたが、『長い冬』を読みながら、母がいて今の私があることを、つくづく考えていました。
これがきっかけで、シリーズ全作品を買いました。そして、気持ちが滅入ったときには必ず開く本となりました。知らない土地に移り住むと、まずお隣さんと親しくなることを考えたのも、「どんな事態を迎えても、明るく楽しく乗り越える工夫をする」という生き方も、ローラの母さんから学んだことでした。長女と次男の出産時には、このシリーズを持って入院しました。新潟の病院では「産後に読書をしすぎると、視力が落ちますよ」と、注意してくれた若い看護師さんがいました。でも、私があまり熱心に読んでいるので、「ちょっと貸してね」と借りていき、何冊か読んでしまいました。
千葉市と大阪市では、『大きな森の小さな家』と『大草原の小さな家』が、友人の入院に付き添いました。二人の感想では「この本を読むと、病気だって明るく前向きにやり過ごそうという気持ちになれる」ということでした。3年前、くも膜下出血で突然夫を亡くしたあと、夜中に目が覚めて眠れなかった私も、何度ローラの本を開いたことでしょう。
ローラは「開拓者はもっと先へ進めばもっといい--と信じるように、農夫もまた(時間的に)もっと先へ進めばもっといい--と信じている」と書き、シリーズの最終章を、未来を信じる言葉で結んでいます。その精神が、読む者に勇気を与えてくれるのではないでしょうか。私の家族はこのシリーズが、私を元気にしてくれることを知っていて、母の日や誕生日になると、関連図書の新刊や、原書を贈ってくれました。ですから、私の手元にはいつも、ローラの本が並んでいます。実は、ホームページでこの募集を見つけ、応募を勧めてくれたのも、成人した子どもたちなのです。
|
|
 |

|