『ドエクル探検隊』刊行記念インタビュー

『ドエクル探検隊』刊行記念 草山万兎さんインタビュー

『ドエクル探検隊』の舞台は1930年代。動物の言葉を自由にあやつる風おじさんと小学校を卒業したばかりの竜二とさゆりが、個性豊かな動物たちと南米ペルーで大冒険を繰り広げます。著者の草山万兎さんは、長年ペンネームで児童文学を書いてこられた河合雅雄さん。刊行を記念して、「書いていて本当に楽しかった」というこの物語に寄せる思いや創作の背景など語っていただきました。

『ドエクル探検隊』刊行記念 草山万兎さんインタビュー


―草山さんは1924年のお生まれですね。物語は1930年代を舞台にしていますので、まさに少年時代を過ごした年代と重なりますね。これには何か特別な思いがおありなのではと思いました。

1930年は元号でいえば昭和5年になります。昭和初期は満州事変からはじまって日本が戦争へと突き進んでいく時代ですから、少年の私にとっては窮屈な時代でした。しかし、動物たちはこうした制約にしばられない社会で自由に行動していました。私は子どもの頃から動物が好きで、動物園ができるほど(笑)、さまざまな野生動物を裏庭で飼っていたんですが、世の中の重苦しい空気を感じて、人間社会とは違う動物の世界に憧れを抱いていました。物語の書きはじめに、その時の思いが頭に浮かびました。

―物語は総ページ数736ページという大長編です。執筆にとりかかったのは80代の後半と伺っていますが、それから90歳を超えてますます精力的に書き進められました。

書いている最中はこんなに長くなるとは思いませんでしたが、次から次へと物語が浮かんできて、いつのまにかこんなに長くなってしもたんです。

―その創作の背景にはどのような思いがあったのでしょう?

しばらく前に、全8巻の『動物記』(フレーベル館)を書き上げましたが、動物記ですから、当然、動物の行動は科学的制約を逸脱しない範囲に制限されていました。動物の音声コミュニケーションも、動物の本能に基づく範囲に縛られていたわけです。それはそれで楽しく書けたんですが、今回は科学的制約をすべてとっぱらったファンタジーを書きたいと思いました。

物語の中で動物たちは、人間と同じく“コトバ”で会話し、お互いコミュニケーションをとっています。自由な時空で出来事を語ることができるファンタジーだからこそ描けたことではありますが、登場する動物については、動物本来の生態的な特徴をできるだけ生かすことを心がけました。

―物語には小学校を卒業したばかりの竜二とさゆり、そして二人が風おじさんと呼んでいる博士、そのほか、とてもたくさんの動物たちが登場します。登場キャラクターたちにこめた思いなどあればお聞かせください。

動物たちは実際にいるものだけでなく、架空の動物も創作しましたし、絶滅哺乳類については資料などからイメージして書きました。たしかに、たくさんの動物たちが登場しますが、みな物語を書き進めていく中で自然と浮かんできました。
風おじさんについては、私がそうありたいと願っている人物像です。

―竜二もそうでしたが、風おじさんのモデルもご本人かな、と思っていました。それに、「万兎」という著者名から、作中登場するノウサギのチョウジには何か特別な思いがおありのようにも思ったのですが……。

私は男ばかりの6人兄弟だったのですが、みんな愛称で呼びあっていました。「マト」というのが私の愛称で、弟の迪雄は「ミト」。「万兎」という字をあてたのは、大学(旧制)時代の卒論のテーマがラビット社会の研究だったからです。
その時のウサギをチョウジのモデルにしたというわけではないですけど、ウサギは私にとって特別の思いがある動物です。

―物語は二部構成になっています。第二部で動物たちはあることをきっかけに草食獣から肉食獣へ変身します。科学的な制約から解放された描写ですね。

ファンタジーは科学的思考を脳から追放した時空で、空想を奔放に拡げ飛翔させることが大切やと思うてます。今回、物語を創作する上で、生物学上の学説にとらわれていては書けないことがあり、その枠をいったん外しました。

―地理的背景としては、ペルーが物語の舞台になっていますね。

南米大陸の巨大哺乳類絶滅の謎にアンデス文明をからませて展開させたいという思いがありました。歴史的・地理的背景としてペルーはとても魅力的で、創作のスケールが広がりました。

―今回、挿絵は漫画家の松本大洋さんです。作中の挿絵は90点にもおよびます。

挿絵は本文と不即不離の関係が大切です。そのことに過不足なく描いてくれた松本大洋さんの挿絵の力はとても大きく、長い物語を読み進める上で、おおいに読者の助けになると思います。

―登場する人びとや動物たちから、「生きる」ことの痛切さがひしひしと伝わってきます。人生の大先輩として、若い読者にむけたメッセージがあればぜひお願いします。

「生きる」ことの意味や大切さなどは、作品を読んだ読者がそれぞれ考えることやと思うてます。若い読者の皆さんにとっては、思考誘発の発火点になることを願っています。
 

(おわり)


草山万兎(くさやま・まと)
本名・河合雅雄。1924年、兵庫県篠山市に生まれる。京都大学理学部動物学科卒業。霊長類学者、ナチュラリスト。京都大学名誉教授、兵庫県立人と自然の博物館名誉館長、兵庫県森林動物研究センター名誉所長。専門は生態学、人類学。長年サルからヒトへの進化の問題を研究してきた。朝日賞、NHK放送文化賞、紫綬褒章、日本学士院エジンバラ公賞などを受賞。
主な著書に『少年動物誌』(福音館書店)、『子どもと自然』(岩波書店)、『人間の由来』(毎日出版文化賞)「たまたまうっかり動物園」シリーズ〈全三巻〉「河合雅雄著作集」〈全十三巻〉(以上小学館)、『小さな博物誌』(筑摩書房/産経児童出版文化賞)、「河合雅雄の動物記」シリーズ〈全八巻〉(フレーベル館)など多数ある。

2018.06.29

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