『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第1回 精興社(前編)

一冊の本は、どうやってわたしたちの手元に届いているのでしょう。3月に刊行予定の『家をせおって歩く かんぜん版』が完成するまでの様子を、作者の村上慧さんが本作りの現場をめぐるエッセイでお届けします。第1回は精興社さんで、原画のスキャンから画像処理までを見せていただきました。

『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第1回 精興社(前編)


2019年1月8日。僕は厚さ2cmの発泡スチロールのサブロク板(約91cm×182cm)を2枚持って、お昼の乗客の少ない時間帯の電車に乗り、神保町の「精興社 神田事業所」に向かった。(パソコン上「精興社」と書くしかないが、本当の社名は「興」の字の中の「口」の字が「コ」の字になっている)

福音館書店編集者の北森さんと飲みながら(打ち合わせとも言う)、2019年3月に発売される『家をせおって歩く かんぜん版』の話をしているとき「本は不思議だ。それまで紙の束だったものが、本として綴じられた途端に魔法がかかったみたいに、みんなが手にとって読めるものになる」というような話題になった。僕が個人的に始めた『発泡スチロールの家で移動生活をする』という活動が本になることによって、みんなが触れられるものになる。その過程には様々な人が関わっていて、本を出す当人である僕は彼らと一緒に仕事をしているはずだけど、彼らが表に出てくることはあまりない。「その人たちの仕事を見てみたい」と言ったら北森さんは「じゃあ見に行きましょう」ということで、このような流れに。

まず1月に精興社の神田事業所に行って原画のスキャンなどを見学し、2月に印刷工場に行って印刷される工程を見学し、製本工場で製本工程を見学し、完成した本が保管される倉庫を見学し、最後は取り扱ってくれる書店まで行ってしまおう、ということになった。さらに僕は「せっかく行くなら、これから制作する予定の新しい家を持って行きます」と言ってしまい「本が出来上がる工程を、家と共に見て回る」という企画に成長してしまったのだけど、年末に左足を痛めてしまった上に風邪をひいてしまい、それまでに家作りを始めることもできなかった。仕方がないのでこれから家になる予定の発泡スチロール板を持っていった(しかし持って行った発泡スチロール板は見学の邪魔になるので、精興社の前で写真を撮った時点で役割を終えた)。これからこの連載のなかで、本が出来上がるのと同時に僕の家も出来上がっていく様子を見せられればと思っている。

精興社は1913年創業の印刷会社。福音館書店の「こどものとも」や「たくさんのふしぎ」をはじめとした様々な本の印刷を請け負っている。独自に「精興社書体」という書体も持っている。とても美しい書体で、僕は「た」の字がかわいいと思った。

社内に入ると営業部の湯浅さんと井上さんが出迎えてくれた。

今回の見学にあたってはこのお二方が、見学の順番などいろいろと手をまわしてくださった。ありがとうございます。まずは原画のスキャンを見せていただけるということで、嶋根さんという方のデスクにむかった。

ここには「フラットベッド」と「ドラム」の2種類のスキャナーがある。フラットベッドは平らなガラス板に原稿をのせてスキャンする、見慣れた形のスキャナーだ。モノクロの原稿はこちらで取り込むことが多いという。

すこし専門的な話だけど、モノクロの原稿は線の縁が目立つので、カラー原稿よりも高い解像度でスキャンする必要があるらしい。この時は解像度1200dpiで取り込んでいた(コンビニにあるスキャナーなんかだと400dpi程度でしかスキャンできない)。

嶋根さんが、解像度によってどのくらい違うかを見せてくれた。右が300dpiで取り込んだもの。左が今回のもの。右のほうは線のかすれや、白く残っているはずのところが黒く潰れてしまっているのがわかる。

スキャンした原稿は、adobeの画像処理ソフト「Photoshop」をつかって処理される。画像を黒と白の二階調にして、ゴミをとる。ゴミをとるとは、原稿に下書きの線が残っていたり、また変なところにインクが飛んでいたりするので、パソコン上で消す作業のこと。僕としては、自分の描いた絵が画面上で何百倍にも拡大され、ゴミがないかをチェックされているのを見るのはすこし恥ずかしい……。僕の原稿には僕も気がついていなかった下書きの線が残っていた。
今回のような原稿を嶋根さんは、スキャン~画像処理完了までをひとつ10分程度でやってしまうらしい。まれに下書きの線が全てのこったままの原稿が送られてくることもあるらしく、そういうときは手間をかけて下書きの線を全て消していく。

嶋根さんの仕事を見ていて、本をつくる過程のなかには本当に多くの人が関わっているのだな、と思った。本のデザイン以前に、原稿をスキャンして画像を処理するという一段階をとってみても、このような仕事をしてくれている人がいる。ちなみに嶋根さんはモノクロだけでなく、カラー原稿のスキャンの仕事もやっている。カラーは始めてから12年くらいらしい。嶋根さんは他にも、例えば本を再版するときに本にのっている写真などの原画が失われてしまっている場合にそれが掲載されている本をスキャンして画像処理するという仕事もやったりする。

今回の見学では見られないけど、紙も、このスキャナーも誰かが作ったものだし、僕が絵に使っているインクも全てそうだ。そのような人たちは本にはクレジットされないけれど、物体としての本は、彼らの仕事によってつくられている。
 

(第2回 精興社(後編)へ)

2019.02.07

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事