ためしよみ『こどものみかた 春夏秋冬』

ためしよみ『こどものみかた春夏秋冬』|はじまりのとき

40年以上にわたって保育にたずさわり、子どもたちを見つめてきた柴田愛子さん。柴田さんが綴る、「子どもの味方」になるための「子どもの見方」のヒントが一杯つまったエッセイ『こどものみかた 春夏秋冬』から、ふたつのエピソードを試し読みしていただけます。

はじまりのとき

『こどものみかた春夏秋冬』より


「ママー! ママー!」子どもの泣き叫ぶ声が響きます。
「たすけてー」「いかないでー!」
子どもの顔は、ぐちゃぐちゃです。
涙とはなが入り交じり、べちゃべちゃです。
のけぞる子どもは無理矢理抱えられ、お母さんは去っていきます。
これ、親が子どもを捨てるシーンではありません。人さらいのシーンでもありません。四月、どこの保育園、幼稚園でも見られる光景です。
胎児のときからお母さんに守られてきました。生まれてからはお乳をもらい抱かれ、命のすべてを託してきたのです。多少乱暴であろうが、几帳面であろうが、のんきであろうが、子どもにとってお母さんは命の素なのです。その、お母さんと引きはがされて、見たこともない人に抱かれる……そりゃあ、一大事です。
泣きます、叫びます、ひっくり返ります、いえいえ、黙る子もいます、壁に張りつく子もいます、走り回る子もいます。みんな「どうしよう!」と思っているのです。
ところが、ところが、子どもったら、二十分もすると保育者に抱かれていたり、一時間もするとあそんでいたり、笑っていたりもするんです! 後ろ髪を引かれているお母さんより早く、気分を変えています。
こんなにも短時間に気分を変えられるのはなぜ?保護されなければ生きていけないのを、本能的に知っているんですね。だから、お母さんがいない現実に直面し動転するけれど、一段落するとお母さんのかわりになる人に頼ろうとするのです。それが、保育者。一日中泣きっぱなしという子は、とてもまれです。
お迎えで再会すると、別れたときの思いや、ママに会えた安堵とでひと泣きします。でも、抱かれれば、ヒックヒックとしゃくりあげて泣きやみます。
こんなことが数日繰り返されます。だって、毎日行くということがわかっていなかったのです。一日かと思ったら二日、二日と思ったら三日……でも、人間慣れていくんです。そして、生活に新しいリズムができてくるのです。
おっと、四月に泣く子ばかりではありません。順調そうに見えて、緊張がとれた五月頃泣き始める子。お兄ちゃんみたいにあそんでくれる人がいないから「こんなとこ、おもしろくない!」と訳がわかって泣き出す子。いろいろいます。でも、六月半ばにもなると平穏な日がやってきます。行くことが“あたりまえ”になるのです。
お母さんも切ないのをこらえて、子どもの背中をちょっと押して見守りましょう。子どもの前には、子どもが見えてくるのですから。子どもは子どもを見て大きくなっていくのですから。
 

こどものみかた 春夏秋冬』(柴田愛子 著)より
写真・繁延あづさ



柴田愛子(しばた・あいこ)
1948年東京都生まれ。82年から神奈川で〝ちいさな幼稚園〟「りんごの木」を始める。『親と子のいい関係』(りんごの木刊)『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます:子育てに悩んでいるあなたへ』(小学館刊)など子育て・保育に関する著書多数。絵本『けんかのきもち』(伊藤秀男絵、ポプラ社刊)で日本絵本大賞受賞。

>>ためしよみ「泣いて踏み出す一歩」へ

2019.03.15

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