イベントレポート

junaidaさん×祖父江慎さんトーク「〜終わりのない旅の〜」第3回

いきなり始めちゃおう

祖父江 さあ、困ったのは奥付(注:本の終わりに入る著者名・発行所名・発行年月日・定価などを記した箇所)だよね。

junaida ですよね。普通の本にあるものがなかったりする本で、いきなり始まります。

祖父江 飾りの「とびらページ」もなく始まる。そして突然終わる。奥付どこじゃ? になります。

junaida 表4(裏表紙)の端っこに入ってるんですよね。これも祖父江さんたちのアイデアで、僕は普通に初めに飾りとびらのページがあって、後ろに奥付が入って、というものを考えていたんですけど、最初にお話ししたときに「もう、いきなり物語を始めちゃおう」と。そうすることで、ページを開いた瞬間に入ってくる「わたしの」の強さみたいなものも出る。さっき言ってた、終わりの「…わたし」まで行って、またぐるっと表紙の「の」に戻って何度でもまわっていくというコンセプトもきっちり表現されるんですよね。これは、もう、祖父江さんたちの見事なブックデザインの成せる技ですよね。

「チリ」のない本

祖父江 「チリ」の話もしなくちゃいけないですね。「チリ」というのは、表紙の厚い板紙と本文の高さ(大きさ)の差の部分です。わざと1cmとか大きめにとってある本もありますが、一般的には3mmなんです。それをゼロmmにしてチリをなくしたいと。というのは、この本の場合、表紙って、パッケージデザインではなく、中身も外身も含めて、本全体が一つの世界なんですよね。

junaida 「本」というかたまりを借りて、表現しているんだという感じですね。

祖父江 それで、そのチリをなくしてほしいと、図書印刷の製本の方にお願いしたんですが……「無理です」と。そこで、藤井を製本所に向かわせました!

藤井 現場立ち会いで、その場で詰めていこうという話に。

junaida 僕も一緒に、沼津にある図書印刷さんの工場に行かせていただいたんです。表紙の方は、別で刷り上がってすでに板紙を貼り付けた状態で、中の本文の方を最後にくっつけるときに、断裁する位置を0.5mm単位で変えて、チリを調整してもらいました。

藤井 一回、本当にゼロmmを作ったんですよね。

junaida そうなんですよ。マジでゼロっていう、「マジゼロ版」を、製本担当の方が作ってくれたんですよ。できた瞬間、みんなすっごい喜んだんですが、冷静になると気づいた点もあって。というのは、チリがゼロなので、本文の最初のページの紙と、こっちの板紙を包んでる表紙を貼り合わせているところが、ぴったりなんですよ。そうすると、製本のときの誤差で少しでもずれると、ものによっては、本を持ったときに本文が指にひっかかって、ぺろぺろって剥がれてきちゃうリスクがあると。

祖父江 表紙の紙には、つやっとしたPPをコーディングしてあるもんね。これが糊との相性があまりよくない。ゼロでぴったりだと、表紙と本体が分離してしまうリスクがあるんですね。

junaida でもチリがゼロなのがあまりに美しかったので、最初「これでいっちゃおうか」ってなったんですよね。もう剥がれたらしょうがないか、みたいなことは正直言いました。でもやっぱりそれはよくないなってことに落ち着いて。チリをゼロにできることはわかったということを一つ財産にして、最終的には、チリは0.5mmにということで調整してもらいました。

藤井 板紙を包んでいる表紙の角の部分を0.5mmだけ内側に取るということに。

junaida それができるのがすごい。そうしてできあがったのは、ぱっと見た感じではチリがないように見えますよ。「これチリがない本だ!」とか専門的な見方をしない人たちにも、この本を手にとったときに、自然と、本全体の一体感というのが感覚として伝わるんじゃないかなって期待してるんです。

シアンは難しい。思案しちゃう。

祖父江 わ、今日は色校の話をしようと思ってたのに、まだ色校の話が出てない!ここからが大事なんで、もう少しスピードを上げますよ。最初は、junaidaさんのほうで原画から作られたデータを、そのまま印刷して初校を出しました。それをベースとして、修正しながら二校三校と見ていくんですが、そのときに、普通イラストレーターの方って、「原画に近づけてください」って言うのが当たり前なんです。でも、junaidaさんは、原画はあくまで基準という考え方で、すごくやりとりがスムーズでした。

junaida そうですね。原画は、みんなの道しるべみたいな感じで、あくまでも目的は本を作ること、印刷物にするっていうこと。そこを間違えちゃいけないっていうのはいつも思ってます。

祖父江 でも、原画は基準ということは、原画を超えた製版をしてください、という厳しいお話でもあるんです。junaidaさん自身が「ここでは温かみが大事」とか「ここでは光の感じが大事」とかイメージを持っているので、それを聞きながら調整していきました。で、印刷で一番困るのが、シアンというブルー系のインキ。何が困るかというと、絵の具のシアンは、結構鮮やかなんです。でも印刷で使うシアンは、重く濁っています。なので、シアン系の鮮やかな色は、印刷では最初から無理で、出ません。

junaida シアンは難しいですね。

祖父江 シアンは難しい、思案(しあん)しちゃう(笑)。たとえば、この場面はとても温かい場所で、ブルーの布団の明るい所に子どもが寝そべっている。でも、どうやってもインキのブルーが暗く重いので濁ってしまう。junaidaさんに相談すると、色の濃度ではなく、色相でふわっとした明るさを出してほしいということだったので、少し明るい色相にしてみたんです。そしたら、温かい感じが出てきた。

藤井 そうですね。布団らしいやわらかさも出てきました。

junaida うんうん。


祖父江 でも今度は明るくした分、濃淡が出ずにフラットになって立体感が減ってしまったので、どうしようと。シアンの濃度差っていうのは印刷では出せないから、そうだ、彩度の差をつけることで、立体感を出そうと。そんなふうに、junaidaさんと製版の人と一緒に、一枚一枚、ここはもう少し空気がピンと張ってるとか、ここはもう少しぬくもりがほしいとか、いわば「心の製版」をしていったわけですね。オリジナルの原画の「色」に対しては無理だけど、オリジナルの「イメージ」に対して素直な製版をしようと。

junaida 本当に感覚的なところの話でもあるんですよ。

藤井 最終的に、色校は4回出してもらいましたね。

祖父江 最初の初校で、今のデータのままだとどうかっていうものを出してもらい、2度目はそれに対して、大きくどういう方向に修正していくかと。ここは絶対こうしたいというのをjunaidaさんに聞いて、それを3度目の三校で出してもらう。と、ここで編集者から朗報が来たんです。オール5色でもいいよと。

junaida やったー!でしたね、あれは。

もう1色、「魂の赤」。


祖父江 通常の印刷は、CMYK の4色のインキを組み合わせて刷ります。この本では、赤色が大事というので、CMYKのマゼンタ(M)では出せない鮮やかな赤を、もう1色蛍光剤入りのインキを追加して、4色プラス1色のオール5色刷りで作れることになったんです。ということで、三校までは4色でやってたんですが、またお互い打ち合わせして、ここの赤は、通常のしっかり硬い赤なのか、鮮やかな赤なのか――これをわれわれは「魂の赤」と呼んでたんですが、決めていきました。たとえば、人体に関する赤色は、ちょっと「魂の赤」の輝きを入れたい。でも、建物の赤色は、輝かずに4色だけで、物質としての重い赤を出したいというふうに、同じ赤でも、絵によって蛍光剤入りの赤と、蛍光剤なしの赤が住み分けられているんですよ! すごいでしょ。

junaida すごいです。でも、それも本当に感覚的なことでしたよね。建物の赤でも、ここは暖かいお日さまが当たってるような雰囲気で、鮮やかにしたいから「魂の赤」を入れようとか、コズフィッシュのお二人も、印刷のプリンティングディレクターの佐野さんも含めて、このチームの方はみんなすごい絵心を持ってらして。

祖父江 そう、全員junaidaさんになりきって絵をもう一度見直すような気持ちで、ここ重いからもうちょっと鮮やかにしたいとか、そういう感じで決めていきましたよね。この絵本、ルーペで見てみるのも楽しいと思います。ここの赤は蛍光が入ってる、そうでないとか。もう、網点の濃度を1%変えるだけで、なんとなく寒い感じになっり、暖かい感じが出たり、大きく変わるんですよね。

junaida 1%とか2%とか、細かいところの微調整をとことん追求しましたね。

祖父江 あと、実は紙を途中でチェンジしたんですよね。最初は割と、白っぽい紙に印刷をしてたんですけど、ちょっと寒い感じがした。

junaida そうなんですよ。色校で出てきた全部の絵を見て、もうちょっと黄色みというか、暖かみがほしいなと。それには、紙なんじゃないかと。

祖父江 最初は、目に白く映る紙を使ってたんですね。ただ、目に白く映る紙というのは、実は白い印象にするために、元の黄色っぽい紙に紫を足しているので、正確にいうと明度が低くてちょっと暗いんです。それで紫を抜いた、明るくてちょっと黄色い紙にしたほうがいいねって。

junaida それでまた、製版を全部やり直したんですよね(笑)。

まだ出会っていない人に


祖父江 もう、いろいろな一難去ってまた一難。で、最終的にはパーフェクトな本ができあがったというわけなんです。あ、あとあれも! 最後の最後で、junaidaさんと悩んだものがあります。

junaida なんでしたっけ?

祖父江 表紙の加工です。紙の質感がわりと出る落ち着いた「マットPP」を使うか、ツヤのある「グロスPP」を使うか。マットPPの方が、光を反射しないので落ち着いて絵を見ることができる。あと、すでにjunaidaさんの本が好きな人はこれで買ってくれるだろうと。でも、まだ知らない人、出会ってない人に、本がここありますよってアピールするためには、逆にツヤのあるグロスPPのほうが、一般的な絵本っぽいからいいのではないかとか。

junaida そうでしたね。本屋さんに並んだときに、ぱっと見て目に入るのは、多分こっちのツヤのあるグロスの方なんですね。あとマットだと傷が少し付きやすかった。子どもたちが気兼ねなく見るには、グロスの方がいいんじゃないか、でもマットの方も雰囲気がいいよね、どっちもいいなって言って散々迷いましたね。

祖父江 これは選ぶのに時間がかかりましたけど、最終的にはグロスの方にしたんです。良かったですよね。あと、表紙に箔押しで入るタイトルの「の」の文字も、色はどうしよう、金だと目立ち過ぎか、黒だと地味過ぎかとか……いろいろ悩みましたね。と、このように多くのいろいろな過程を経ながらもスピーディーに進め、今年から始めて、今年中に本となりました。というのが『の』のお話ですね。

junaida はい、そのとーりです。後半だいぶ駆け足になっちゃいましたが、みなさん楽しんでもらえましたか? 今日はありがとうございました。

(おわり)

2019年11月29日@東京・代官山蔦屋書店にて

2020.12.21

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