あのねエッセイ

特別エッセイ|多田多恵子さん おおきなひとのための『つばきレストラン』 

月刊絵本「ちいさなかがくのとも」2014年2月号として刊行された『つばきレストラン』(おおたぐろまり作)が、待望の「ふしぎなたねシリーズ」のハードカバーとなりました。
この度、刊行を記念して、月刊誌刊行当時の折り込み付録に寄せられた多田多恵子さんのエッセイをお届けいたします。植物学者の多田多恵子さんは、『びっくりまつぼっくり』や『ハートのはっぱかたばみ』など、植物の生き方の不思議さを、幼い子どもたちの感覚によりそって道案内してくれる絵本の著者でもあります。今回は、つばきのユニークな生き方について、大人の方に向けてご紹介いただきました。

おおきなひとのための『つばきレストラン』

多田多恵子(植物学者)


日本生まれの園芸植物
 冬から早春の庭をあでやかに彩るツバキの花。つややかな葉もきれいです。
 ツバキは日本原産で、学名もアメリカ・ジャポニカ。本州以南の暖地には赤い一重の花を咲かせる原種のツバキが広く自生していて、栽培種のツバキと区別する場合は野生種を「ヤブツバキ」と呼んでいます。ツバキは昔から庭に植えられ、ことに江戸時代には数多くの園芸品種がつくり出されました。種子からは高級なツバキ油が採れ、今も髪油やシャンプーなどに加工されています。美しい花と葉をもつツバキは、18世紀にヨーロッパに紹介されると人々を驚かせ、一躍ブームになりました。夜会の貴婦人たちはツバキのコサージュでドレスを飾ったとか。歌劇「椿姫」が大ヒットしたのもそのころです。今では世界各地に植えられています。
 ツバキの名は「艶(つや)葉木」あるいは「厚葉木」に由来するといいます。厚い葉は表面をワックス層に覆われて光沢があり、冬の寒さや乾燥から守られています。
 花はすっぽり抜け落ちるので、首が落ちるといって武士は庭に植えるのを嫌ったそうですが、散った花を拾い集めてひもを通すと、ほら、花の首飾り!

 

鳥に花粉を運んでもらう花
 ふつう花にはハチやハナアブやチョウなどの虫がきて花粉を運びます。でもツバキの花にくるのは虫ではありません。ちょっと意外ですが、鳥なのです。
 鳥のヒヨドリやメジロは虫も食べますが、木の実や甘い蜜も大好きです。虫が少なく木の実も食べつくされて少なくなる早春、ツバキの花の甘い蜜は貴重です。野山や公園のツバキをよく注意していると、ヒヨドリやメジロが来ているのを見かけます。頭を花にすっぽり突っ込んで蜜を吸う鳥たちの顔は、あらあら、黄色い花粉まみれ! ツバキの花は、蜜をごちそうにふるまう代わりに、鳥に花粉を運んでもらうのです。鳥に来てもらおうと、他のえさが少なくなる時期を選んでわざわざ早春に咲くのです。

鳥を誘う工夫の数々
 ツバキの花を割ってみると、底には透明な蜜がたっぷりたまっていて、なめると甘い味がします。
鳥は恒温動物なので、寒い季節に体温を維持するために多量のカロリーを消費します。花を飛び回るのにも多大なエネルギーが必要です。だからツバキの花は蜜をたっぷり出して鳥たちを大切にもてなします。
 花は横か下を向いて咲きます。枝に止まって蜜を吸うヒヨドリやメジロの行動に合わせているのです。花が枝先に垂れて下向きだと、ヒヨドリは羽をはばたかせて停空飛行しながら蜜を吸うこともあります。
 花びらが厚ぼったいのもツバキの特徴です。鳥は虫よりずっと重いので、鳥の体重がかかっても壊れないよう、花びらは厚くて丈夫にできているのです。花びらに黒ずんだ傷がついているこがありますが、これはメジロが花に足をかけた時についた傷跡です。


虫さんお断り、鳥さんどうぞ
 ツバキの雄しべや雌しべは、鳥の体格に合わせて配置されています。仮に虫が来て蜜を吸っても花粉はうまく運ばれないし、それどころか蜜に回した投資の分だけ花は損をしてしまいます。虫に貴重な蜜を盗まれないためにも、ツバキは虫の少ない冬から早春の季節に咲くのです。
 鳥さん、どうぞ。でも虫さんはお断り。そんなツバキの思惑は花のつくりにも表れています。雄しべは多数が筒状に集まって城壁のように立ち、その底に蜜をためています。鳥は力が強いので、雄しべの奥に頭を突っ込めますが、虫は中にすら入れません。
 花にほとんど香りはありません。鳥はにおいには鈍感だからです。鳥が好むきれいな丸い粒の実も、そういえばどれも香りがありまえん。
 そして、きわめつけは赤い色。蝶の仲間を除けば一般に昆虫は赤い色がよく見えていません。一方、鳥は、赤い色にとても敏感です。ツバキの花が赤いのは、それが鳥によく目立つ色だからなのです。鳥が食べる木の実も赤い色が多いですよね。


海外にもある赤い花
 鳥が花粉を運ぶ花のことを「鳥媒花」といいます。外国産の園芸植物のなかで、赤い花を咲かせるアロエやサルビア、クリスマスカクタス、デイゴ、アメリカデイゴなどは、ツバキと同じようにもともと鳥に花粉を運んでもらうように進化した花々です。アメリカ大陸には花の蜜を吸うハチドリがいるので、赤い花もたくさんあります。花にはそれぞれ歴史があります。外国に植えられたツバキの花にも、やはり現地の鳥が来ているのでしょうか。

(月刊絵本「ちいさなかがくのとも」2014年2月号『つばきレストラン』折り込み付録より)

多田多恵子
東京大学大学院博士課程修了、理学博士。専門は植物生態学。著書に『したたかな植物たち─あの手この手のマル秘大作戦 【春夏篇】・【秋冬篇】』(筑摩書房)、絵本にびっくりまつぼっくりハートのはっぱ かたばみ』(以上小社刊)など多数。

2021.01.20

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