あのねエッセイ

特別エッセイ|森山小太郎さん『だれも【見たことのなかった】、私たちの銀河中心ブラックホール』

2022年5月、「天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功!」というニュースが世界を駆け巡りました。撮影を成功させたのは国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope、以下EHT)」。
『ブラックホールって なんだろう?』(たくさんのふしぎ傑作集)の刊行を記念し、EHTのメンバーで、共同記者会見でトップバッターも務めた、森山小太郎さんに、特別エッセイをお寄せいただきました。
森山小太郎さんは学生時代、本作の著者(文)である嶺重慎さんのもとで研究をされていたことも。ブラックホール研究の最前線からのエッセイを、ぜひ絵本と一緒にお楽しみください!

だれも【見たことのなかった】、私たちの銀河中心ブラックホール

森山 小太郎

ブラックホールの魅力

みなさんは、ブラックホールと聞かれたときに、何を想像するでしょうか? 私が子どものころによく遊んだゲームや漫画などでは、どんなものでも、ときには主人公でさえも吸い込む、暗い大きな穴として、ブラックホールは描かれていました。でも実際はどうなっているのでしょうか? ブラックホールは、ただ暗いだけではなく、面白い特徴を持っています。たとえば、ブラックホールの近くでは、私たちのいる地球からみると、はるかに時間の進みが遅くなるといったように、私たちの日常の常識は通用しません。この性質をうまく応用すれば、サイエンスフィクションの「タイムマシン」のように、未知の技術を生み出すことさえも可能になるかもしれません。私は、特に私たちの住む天の川銀河の中心にあるとされる巨大ブラックホール(いて座A*)を詳しく調べることで、この未知の世界を探求し続けています。

ブラックホールは見えてなかった

私の学生時代、特に思い出深いのが、当時の研究を指導していただいていた嶺重慎教授から、「ブラックホールを実際に見た人は、まだこの世にいない。」と言われたことです。実は、最近(2019年)までブラックホールが、本当はどのように見えるかさえもわかっていなかったのです。サイエンスフィクションでは当たり前のようにブラックホールの姿が描かれていましたが、実はすべて想像の産物と知った時は衝撃を受けました。

M87の撮影成功

研究者として研究を続けていた2018年、初めてブラックホールを撮影できるチャンスがやってきました。ブラックホールは私たちから見て非常にコンパクトな天体のため、その姿を撮影するには、地球サイズの望遠鏡が必要です。イベントホライズンテレスコープ(通称EHT)計画では、世界中の望遠鏡を組み合わせることで、まさに地球サイズの望遠鏡のもつ視力を獲得し、楕円銀河M87の中心ブラックホールの撮影に成功しました。私もEHTプロジェクトの研究員として、このブラックホールの撮影に関わり、人類の叡智が結晶として実を結ぶ瞬間に立ち会えた時の感動は、忘れられません。

「いて座A*」への挑戦

その後M87の経験をもとに、天の川銀河中心の巨大ブラックホール(いて座A*)の撮影に臨んだものの、いざ取り組むと、課題は山積みでした。特に、「いて座A*」が時間とともに著しく変化するという難題が、私たちの前に立ちはだかりました。たとえると、EHTというカメラのシャッターを押す間に、「いて座A*」は、まるでやんちゃな子どものように、せわしなくはしゃぐ(変化する)ため、綺麗な写真を撮ることは簡単ではありませんでした。このように、「いて座A*」の撮影の課題は次々とでてきました。 しかし、たとえばひとつの動画をならして一枚の写真をつくることで大まかな形を調べるように、「いて座A*」の時間平均された特徴を取り出す技術の開発と、撮影方法の膨大なテストによって、その姿が徐々に明らかになっていきました。私自身、改善されていく様子を約4年間味わいながら、最終的にその姿を明らかにできた時の感動は、言葉では表せません。

百聞は一見にしかず

得られた一枚の写真は、私たちの銀河中心に、たしかにブラックホールがあることを目で教えてくれました。ブラックホールをはじめ、この世の未知なるものは、これからの私たちの常識を大きくひっくりかえす可能性を秘めています。この成果をもとに、さらに研究を進めていけば、私たちの想像もつかないも のを生み出す手がかりになるかもしれません。今まさに、ブラックホールの撮影から未知の探求の火蓋が切って落とされたのです。


 

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森山小太郎
1990年兵庫県生まれ。現在、ドイツゲーテ大学の博士研究員。大阪大学卒業後、京都大学大学院にてブラックホールの研究を行い、修士課程、博士課程の学位をとる。博士過程学位取得後、博士研究員として、日本、アメリカ、ドイツの研究室を渡り歩き、修行の日々を送っている。主にイベントホライズンテレスコープ計画を通して、ブラックホールの持つ不思議かつ未知なる現象を最先端の理論・観測を使って追い続けている。「いて座A*」の撮影においては、日本の画像化チームの主導に加え、理論シミュレーションを用いた画像化法の検証、最終画像の取りまとめ、画像評価など、多岐にわたり貢献した。

2022.07.15

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