あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|スズキコージさん『やまのかいしゃ』

今月は、絵本『やまのかいしゃ』の作者・スズキコージさんのインタビューをお届けします。生命力溢れる絵でも知られるスズキコージさんですが、この作品ではちょっととぼけた主人公ほげたさんのお話に、片山健さんの絵がぴったり! 片山さんとのエピソードから、「ほげたさん」の由来まで、たっぷり語って下さいました。

痛快なことを、愛してる!

スズキ コージ


―『やまのかいしゃ』の初出は「母の友」。400号記念の童話特集でした。そのときのことを聞かせてください。

童話作家だけでなくて、絵描きにも文章を書かせたところがユニークでね。ぼくは自分で「たれながしの文章」って言ってるんだけど、あっという間に書けちゃった。そしたら、その文章に健さん(片山健さん)が挿絵をつけてくれて。健さんは、三鷹の肉屋さんの息子で、「海の肉や」って童話を書いた。打ち合わせなんかぜんぜんしてないけれど、たまたま「海」と「山」になってね。

―スズキコージさんと「会社」って、遠い感じなのに、なぜ会社の話を?

友だちに会社員が多かったのね。割烹屋の小僧をしながら絵を描いていたころ、新宿に天ぷら屋さんがあって、当時は100円で天丼が食べられる。こっちはいつも腹空かせていて、給料日の友だちが来るのをザブトンを温めて待っていて、ささ、どうぞどうぞって。そうすると、サラリーマンの友だちがやってきて天丼をおごってくれるわけ。ものすごくうれしくてね。ぼくはサラリーマンをやったことないけれど、パトロン的なサラリーマンの友だちがいたわけです。

―主人公「ほげたさん」の 「ほげた」って、『エンソくんきしゃにのる』にも、駅名として登場します。

ぼくは浜松の北の田舎の出なんだけれど、住宅事情が悪くてね。高校生になるとひとりになる場所が欲しくて、スポットライトとかポータブル電蓄とか持ち込んで、押入れに入っちゃったわけ。中で寝られるようにしてね。その場所を「人工衛星」って呼んでた。快適でしたね。で、電蓄でビートルズとかボブ・ディランとか聴いていたんだけれど、ちょっと慣れてくると違う味のものを聞きたくなる。なぜか広沢虎造の「清水次郎長伝」っていう浪曲のレコードがあって、それをかけると……「ぺぺぺんぺんぺん、ほげぇたのきゅうろくがぁぁ〜 ぺんぺんぺんぺんぺん」って。それ聴いて「ほげた」がガシャンと自分のなかに入っちゃった(※1)。

―『やまのかいしゃ』は会社員の夢で、ほげたさんがさりげなく夢を実現してくれているなと思います。

とにかく、健さんの絵がすばらしい。当時、架空社の前野くんと話していて、「母の友」に出てたあれ、おもしろいから絵本にしよう、絵はどうしようか? ということになって、もちろん健さんしかいないと。もし断られたら、この話はなかったことにしようって気持ちで、ふたりでいっしょに健さんにおねがいしに行ったわけ。そしたら健さんはにっこり。即決でした。


―もし、片山さんがだめだったら自分で描こうとは思わなかったんですか?

「母の友」の健さんの挿絵がよかったからね。これはもう健さんしかいなかった。で、健さんもほんとうに楽しんで描いてくれましたね。かつて出ていた「PeeBoo」(※2)で、宇野亜喜良さんと長新太さんが『やまのかいしゃ』をベタぼめしてくれて。とくに長さんは、「片山健とスズキコージは、夫婦じゃないか」とまで書いてくれてね。長さんはきっとうらやましかったんじゃないかな。ジェラシーですね、光栄です。

―そもそも福音館の編集者からは、当時、絵本にしようという話はなかったのでしょうか?

なかったですね。当時の福音館ではやっぱり出せなかったんじゃない? 編集部内では大笑いでも、出せるかどうかは、また別で。安心して子どもに渡せる絵本とは違って、ほげたさんは山の会社にいっちゃってそのままだしね。きっと給料は出ないだろうし、家庭はどうなるのか? とか、なにも書いていなくてミステリアスに終わってるけれど、そういうことが気になってゆくと危険な書でもある。ドロップアウトのすすめみたいな。これからどうなるかをみなさんが想像してくれると、広がりが出ておもしろいです。

―最後に、これから『やまのかいしゃ』に出会う読者にひとこと

日常の中で、日本人は遊び心を忘れてるから、「働きながら、遊んでね」と一石を投じる絵本になってほしいですね。健さんもぼくも痛快なことを愛してる。世の中の息苦しさを吹き飛ばすために、みんなが痛快で楽しいちょっとした事件をじゃんじゃん起こしてくれれば、世の中変わるんじゃないかな。


(※1)清水次郎長伝に登場する「保下田の九六」
(※2)1990年から1998年まで、ブックローン出版(現在のBL出版)から刊行されていた絵本評論誌。



スズキコージ
1948年、静岡県生まれ。絵本や画業、舞台美術、壁画、ライブペインティングと、多方面で活躍。絵本に『エンソくん きしゃにのる』『かぞえうたのほん』『ガラスめだまときんのつののヤギ』(以上、福音館書店)、『サルビルサ』(架空社)、『ブラッキンダー』(イーストプレス)、『ドームがたり』(玉川大学出版部)、『コーベッコー』(BL出版)など多数。

2018.05.01

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