たくさんのふしぎ400記念連載

『絵で読む 子どもと祭り』ができるまで|第7回 三九郎(長野県松本市)

「たくさんのふしぎ」400号は、絵本作家の西村繁男さんが描く『絵で読む 子どもと祭り』。こちらの連載では、4年間かけて西村さんと全国9ヶ所の祭りを取材した担当編集者が、数千枚のなかから選りすぐった写真とともに、絵本の裏側を紹介します。 第7回は、長野県松本市で行われている「三九郎」です。

第7回 三九郎(長野県松本市)


1月15日頃、全国各地で、正月飾りなどを焼く、小正月の行事がおこなわれます。「左義長」や「どんど焼き」など、いろんな呼び名で親しまれています。長野県松本市のあたりでは「三九郎」と呼ばれています。

取材した里山辺地区では、三九郎のやぐら作りはお父さんたちの仕事です。北アルプスの雄大な眺めを背景に、てきぱきとやぐらを組んでいきます。骨組みに使う、まっすぐで長さのある木は簡単には手に入りません。祭りを続けていけるように、近くの公園に植林して育てたものだそうです。土地の古老によると、「昔は、木の切り出しからやぐら作りも子どもがしました。ほかの地区の子どもが三九郎を壊しにくるので、夜も三九郎を守っていなければなりませんでした」

この日、松本市内各所に三九郎が立ちます。私たちが取材した里山辺地区の三九郎のやぐらは、大きいものを1つと小ちいものを1つたてていましたが、市内を見て回ると、形や飾り付け、やぐらの数、大きさに、いろいろなバリーションがあることがわかりました。写真は他の地区にたてられた三九郎です。こちらで三九郎は、大きいもの1つに、小さいもの2つ。夕方になると、街の方々から三九郎を燃やす煙があがり、警戒にまわる消防車の鐘の音が冷え込んだ空気のなかで響き渡ります。

いよいよ私たちが取材をした三九郎にも点火。どうして人間は火に見入ってしまうのでしょう。火が燃え上がる瞬間、それまでがやがやしていた三九郎の周辺が、一瞬の静寂に包まれます。点火から、ここまで燃える上がるのはあっという間のこと。あるお父さんが、燃えのよさにも、ちょっとした秘密があると教えてくださいました。三九郎のなかにつめるカヤやアシは、前年の年末に刈って乾かしておくことで、火の回りがよくなるそうです。

熾火になると、米粉を練って丸めた「まゆ玉」を焼きます。まゆ玉には、砂糖を入れたり、入れなかったり、家庭の味があるそうです。スルメ、マシュマロ、ウィンナーやアルミ皿型ポップコーンを焼いている人たちもいました。見ていると、ポップコーンはあまりうまく焼けていなかったような……

こうした取材を経て、描かれたのがこの場面です。三九郎の取材には、2016年、2017年1月の2度、伺いました。実は、2016年まで、冬の祭りの取材はすべて快晴。季節感がほしいので、冬の場面では、雪景色を描くことができれば……と西村さんと話し合っていました。しかし、取材をして、見たものだけを描くという方針で作っていたこの絵本で、「取材では晴れましたが、雪の場面が欲しかったので雪景色を描きました」などというわけには絶対にいきません。
すると、2017年の三九郎の日、夕方から雪の予報。これは取材に行くしかありません。松本はお昼まで晴れ。これは空振りかと不安に苛まれていると、夕方が近づくにつれ、ぐんぐんと冷え込み、白っぽい雲が空をおおいはじめました。「雪降れ! 雪降れ! 雪降れ!」どれほど念じたことか。そして、点火の1時間ほど前、ついに雪が降りはじめ、地面はどんどん白くなっていきます。雪の中の三九郎を撮影しながら、「よっしゃー!」と何度心の中で叫んだかわかりません。

本作の取材では、天気も味方をしてくれました。雨が降ると、祭り自体が中止になったり、行事の一部が行われなかったりします。そうすると、1年待たなければなりません。西村さんの日頃の行いがよほど良いのでしょう。長期にわたった取材でしたが、雪をと願えば雪になり、他の祭りでも天気に泣かされることはありませんでした。

 

(第8回 「秋葉まつり」へ)

2018.06.26

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