あのねエッセイ

特別エッセイ|メレ山メレ子さん「一万分の1グラムの世界で知る、虫たちの多様さと豊かさ」〜『昆虫の体重測定』刊行によせて

6月に刊行された『昆虫の体重測定』は、一万分の一グラムからはかれる電子天びんというはかりを使って、身近にいる昆虫の体重をしらべていく作品です。こちらの絵本の刊行を受けて、「昆虫大学」学長・メレ山メレ子さんが、虫への思いがあふれるエッセイを寄せてくださいました。身近な虫たちをそっと手の上にのせて、重さを感じてみたくなるお話です。

一万分の1グラムの世界で知る、虫たちの多様さと豊かさ

メレ山メレ子


吉谷昭憲さんの『昆虫の体重測定』を手にとってまず、表紙のかわいさに釘づけになる。カブトムシやアゲハチョウ、セミやカメムシたちが一列になって、小学生の体重測定のように体重計の前に並んでいる。横にいるテントウムシたちは「おまえ何グラムだった?」とひそひそ話をしているみたいだ。
「一寸の虫にも五分の魂」なんていうけれど、一寸の虫にリアルな重さがあることさえ、ふだんはろくに意識していない。昆虫図鑑にはよく「世界でいちばん重い虫・大きい虫」というページがあって、ゴライアスオオツノハナムグリのずっしりとした重みを手のひらに感じてみたいなあ、と子供のころ妄想したことはあるけれど。

でも、身近な虫たちのほとんどは吹けば飛ぶように軽く、ふつうの家庭にあるキッチンスケールでは量れない。化学メーカーの出身である吉谷さんは、0.0001グラムまで量れる電子天びんをつかって虫たちに挑んでいく。「重さを量る」というシンプルなアプローチで、気にもとめていなかった小さな生きもののことがどんどんあらわになっていく。

たとえば、お腹いっぱいに人の血を吸った蚊は空腹時の体重の約2倍にまでなる。なんてことをしてくれるんだ、という感じだ。完全変態をする昆虫たちのほとんどは、幼虫・さなぎ・成虫とステージが進むにつれてだんだん体重が減っていくというのも、目からうろこが落ちる事実。
見た目はほとんど同じ大きさのチョウであるオオムラサキとアサギマダラだが、木々の梢の上を強い筋肉ではばたいてなわばりを哨戒してまわるオオムラサキと、数千キロの旅をするために可能なかぎり体を軽くしているアサギマダラでは、6倍もの重さのひらきがある。人間でいうならば、同じくらいの身長の人でも、格闘家とフルマラソンのランナーでは体重がぜんぜん違うようなものか。

虫好きでない人からすれば似たりよったりなチョウにも、はっきりと違う生態がある。虫たちは気が遠くなるような時間をかけて、それぞれの暮らしに適応した体を作り上げてきた。そのことが、体重を量ることによってくっきり浮かびあがってくるのだ。
種のあいだの違いだけでなく、同じ種のちがう個体を量ることでも見えてくるものがある。圧巻なのは、たくさんのテントウムシの体重を測定してずらりと並べたページだ。倍以上の個体差があるのがわかる。体格のいいものと小柄なもの、ふとっちょとやせっぽち。個体ごとの違いが見えてくることで、まるで自分がテントウムシの大きさになって虫たちの世界に入っていくみたいにテントウムシの世界がぐっと身近になる。

虫の多様な色かたちや生態について書かれた面白い本は世の中にたくさんあるけれど、まさか「虫の重さを量る」ということがこんなに面白くなるなんて、と読んでいるあいだじゅう感心しっぱなし。頭のなかの知らない引き出しが開いたような気持ちだ。やさしい線と色で描かれた虫たちのことを、もっと知りたくなってくる。
小さな生きものの世界の多様さと奥深さを、「重さ」という意外な観点から楽しくひも解いてくれる本。これを読んだあとでは「一寸の虫にも五分の魂」ということわざも、なんだかより重みをもって胸にずんと落ちてくる気がする。


メレ山メレ子(めれやま・めれこ)
1983年生まれ。会社員として働きながら、旅や生きものについての執筆活動やイベントを行う。著書に『ときめき昆虫学』(イースト・プレス刊)、『メメントモリジャーニー』(亜紀書房刊)などがある。

2018.10.04

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