あのねエッセイ

特別エッセイ|葛野浩昭さん『オーロラの国の子どもたち』と、それを取り巻く「サーミ本」〜『オーロラの国の子どもたち』刊行によせて(後編)

ノルウェー北部に古くから住む人々、サーミの子どもたちの暮らしを美しい挿絵とともに描いた絵本『オーロラの国の子どもたち』。その刊行に寄せて、長年サーミの社会や文化を研究している文化人類学者、葛野浩昭さんにエッセイを書いていただきました。サーミの人々が描かれている図書の歴史、そして、その中での『オーロラの国の子どもたち』の位置付けについての興味深い考察を、前編・後編の2回にわけてお届けいたします。


サーミを描いた児童文学の登場

 トペリウスは著書『Läsning för barn(子どものための読み物)』(全8巻、1865~96年)のなかに、「星のひとみ」や「サンポ、小さなラップ人」など、サーミ人の少女・少年を主人公にした物語を収めています。また、ラーゲルレーヴは『Nils Holgerssons underbara resa genom Sverige(ニルス(・ホルガション)の(スウェーデンを貫く)不思議な旅)』(全2巻、1906・07年)で、北へ北へラップランドまで向かう少年の物語を描きました。
 両者ともにスウェーデン語原書は絵本ではありませんが、児童文学として書かれたことが注目されます。これらの作品を通して、子どもたちの読書の内容は、世界の隅々までを舞台にした物語へと拡大してゆきます。これは、この後に続く「絵本の黄金期」のもつ特徴でもあります。そしてまさに、「黄金期」に生まれた『オーロラの国の子どもたち』も、アメリカの子どもたちに、遠く離れた北欧の北の端の「ラップ人」の物語を伝えることになるのです。

「絵本の黄金期」と「写真の時代」

 ここで、あまり広くは知られていないことを記すと、『ニルスの不思議な旅』の原書は、旅の物語を通して「スウェーデンの(全国土の)地理」を教えるために執筆されたもので、それゆえ、スウェーデン各地の様子を多数の写真でも詳しく伝えていました。

 そして私は、この後に続く「絵本の黄金期」が、実は「写真の時代」と重なることにも注目したいと思っています。「絵本の黄金期」には、サーミ人の子どもたちを伝える絵本が何冊も出版されました。しかし同時に、写真集も何冊も出ています。『オーロラの国の子どもたち』も、その中の絵はたしかに色鮮やかで美しいのですが、どこか、絵画というよりは写真に似ている気がしています。

 ここでは『オーロラの国の子どもたち』とちょうど同じ時期に出た絵本と写真集とを1冊ずつだけ紹介しておきましょう。1938年出版の絵本『The Lapland Triplets(ラップランドの三つ子)』(【写真6】参照】)と、1936年出版の写真集『Children of Lapland』(【写真7】参照)です。なお、『オーロラの国の子どもたち』と『The Lapland Triplets』『Children of Lapland』とでは、描かれた民族衣装(たとえば帽子の形)が違いますが、これは前者がノルウェー、後2者がスウェーデンと、物語の舞台が違うからです。

文化人類学の視点からみた絵本『オーロラの国の子どもたち』

 さて、そろそろ最後に『オーロラの国の子どもたち』の中身にも触れましょう。私はサーミ人の社会や文化を研究する文化人類学者として、『オーロラの国の子どもたち』が持つ、たとえば以下の2つの特徴に注目したいと思っています。
 まず第1に、ドーレア夫妻はトナカイ遊牧の生活ばかりを描くのではなくて、トナカイと一緒に移動しているわけではない「村のサーミ人(の子どもたち)」の存在も描いています(【写真8】参照】)。そして第2に、その村にある「学校」も描いています(【写真9】参照】)。サーミ人のすべてが一様にトナカイ遊牧民であるわけではないこと、そして、トナカイを遊牧していたサーミ人の子どもたちも、たとえば学校を通して外の広い世界につながっていること、そのことをドーレア夫妻は強く意識していたと思われます。その学校がサーミ語を話すことを厳しく禁じた同化政策の場所であったことを、ドーレア夫妻は直接には描いていません。しかし、読者がそれを感じ取ることは決して難しくありませんし、そういったことに気付いた読者は、たとえば2017年に日本でも公開された映画『サーミの血』を見ていただければ良いのだろうと思います。

サーミ人によるサーミ語の絵本

なお、ここまで私が紹介してきたサーミ本は、『オーロラの国の子どもたち』も含めて、すべてサーミ人ではない人たちが書いた本でした。しかし、近年、サーミ人自身がサーミ語で書いた本がたくさん出版されています。その中では、サーミ人の子どもたちへ向けて、サーミ語の教材としても出版された絵本が大きな部分を占めています。そういったサーミ語絵本が日本でも紹介される日を、私は夢見たいと思います。

追記:
Viking Pressの『Children of the Northlights』は何度も版を重ね、広く読者を得ました。2012年にはUniversity of Minnesota Pressから復刻版も出ています。Viking Press版の初版本は、たとえば東京・上野の「国際子ども図書館」にもあるようですから、80年前の「絵本の黄金期」当時の色合いに直に触れてみるのも意義深いでしょう。なお、この版のカバーにある著者紹介は、トナカイの毛皮で作られたサーミ人の防寒コートを着て橇に乗ったドーレア夫妻の写真を使っています。


葛野浩昭(くずの・ひろあき)
立教大学観光学部交流文化学科教授。文化人類学専攻。北欧スカンディナヴィア半島北極圏地域の先住民族・サーミ人の社会でのフィールドワーク調査を原点に、世界の先住民族の復権運動・文化復興運動を研究している。著書に『サンタクロースの大旅行』(1998年、岩波新書)などがある。  

2019.01.28

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