日々の絵本と読みもの

夜のおしいれの奥深く、なにやらうごめく影ひとつ......『おしいれじいさん』

夜のおしいれの奥深く、なにやらうごめく影ひとつ......


『おしいれじいさん』

みなさんは、「おしいれ」で遊んだことがありますか? 家の中でもひときわ暗くて狭くて目立たない場所で、中に入ると、なかなか誰にも気づいてもらえない。少し寂しい気持ちになる場所だけれど、かくれんぼなんかにはうってつけで、小さなころは、自分だけの秘密基地をみつけたぞ! とはしゃいで何度も中に入ったことを思い出します。

今回ご紹介するのは、そんな「おしいれ」に住む、一風変わった姿のおじいさんの絵本。そのインパクトあるビジュアルに一瞬ぎょっとしてしまうお子さんもいらっしゃるかもしれませんが、どうか開いた絵本はそのままに。その少々不気味な容姿とは裏腹に、とってもおちゃめで好奇心旺盛な、楽しいおじいさんなんですよ。

おしいれじいさんの一日は、人間がおしいれから布団を取り出す頃にはじまります。毎晩、人間に寝床にしていた布団を取られるおじいさんは、夜の間はおしいれの中を泳ぎまわり、そこにしまわれている人間たちの様々な物を使って遊ぶことにしているのです。

今夜は、おしいれの奥で、針と糸のついた棒を発見したおじいさん。それが「おおもの(大物)」と呼ばれる獲物を釣り上げる道具だと知って、さっそくおしいれの中で「おおもの」を仕留めにかかります。けれども、いくら竿を振りおろしても、釣れるのはハンガーだったり長靴だったり、「おおもの」とは似ても似つかないヘンなものばかり。とうとう疲れてしまったおじいさんは、「おおもの」釣りを諦めようとしますが、ちょうどそのとき、竿についていた針と糸とがダンボールの隙間に入り、何かにひっかかります。引っ張っても引っ張ってもなかなか引き上げられないその「何か」。さあ、はたしておじいさんが釣り上げたものとは......?

作者は、尾崎玄一郎さんと尾崎由紀奈さん。ご夫婦で活躍されている作家さんで、どちらが絵、どちらが文ということなく、一緒に作品を練り上げていくという制作スタイルを取られています。ふつう、ふたりで描いたとなれば、それぞれの描いた部分が分かってしまいそうなものですが、この絵本でその筆致を区別するのは至難の業。見事な個性の融合で、独特の雰囲気を備えたパワフルな作品に仕上がっています。

尾崎さんご夫妻は、福音館から『おしいれじいさん』の他に、汽車のための銭湯を舞台にした絵本『きしゃのゆ』(「こどものとも」2016年12月号)という作品も出していますが、どちらの絵本にも共通するのは、「おしいれ」や「銭湯」など、どこか人を懐かしい気持ちにさせる場所が登場するところ。日常から存在感が消えつつある「場所」に改めて注目して作品を作っているのだそうです。

最近はおしいれのない家も増えていると聞くと、おしいれに親しんできた世代としては、ちょっと寂しい気持ちにもなりますが、子どもたちを取り巻く日常には、おしいれでなくとも、空想を広げられる不思議な場所がまだまだたくさんあるはず。想像の世界で遊ぶことが好きな子どもたちが、この本を読んで、生活の中にひそむ不思議な空間を感じ、自分だけの空想の扉を見つけられたら素敵だなと思います。



金曜担当・U
チームふくふく本棚のNew Face。趣味は、好きな俳優の演技を真似して悦に入ること。

2019.02.08

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