『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第6回 大村製本(中編)

一冊の本は、どうやってわたしたちの手元に届いているのでしょう。3月刊行の『家をせおって歩く かんぜん版』が完成するまでの様子を、作者の村上慧さんが本作りの現場をめぐるエッセイでお届けします。第6回も大村製本さんにご協力いただき、製本の工程を見せていただきました。

『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第6回 大村製本(中編)


断裁された紙の束は「折り機」によって折り作業にかけられる。1枚の大きな紙を、数回折ることでページをつくる作業だ。この部屋に入ると、まず折り機の「ガチャン・ガチャン・ガチャン……」というリズミカルな音が飛び込んでくる。この部屋には5台の折り機があり、それぞれがガチャンガチャンと音を出しているので、部屋の中は大変な騒ぎになっている。

この工程を説明してくれたオペレーターの日下部さん。日下部さんは平成12年から専門でずっとこの仕事をやっているベテランオペレーターだ。操作しているのは、日下部さんにとって最も扱いやすいという「オリスターK.T」。断裁機と同じく、ここでも人と機械の相性があるという。他にも「コンビ16」などの折り機がある。写真だとわかりにくいのだけど、写真のオリスターK.Tの右側の台に積まれた紙が高速で吸い込まれ、金属製のローラーのあいだを通り、目で追うのが難しいほどのスピードで綺麗に2回折られて、左下から排出される。手元に紙を用意して実際にやってみるとわかるのだけど、1枚の紙を1度折ると4ページ、2度折ると8ページ、3度折ると16ページになる。オリスターK.Tは、折りの数などにもよるが1時間に6~7000部もの数を折ってくれるらしい。
しかし印刷機と同じく、ただ機械にいれるだけで全てが順調に進むわけではない。折った端と端がそろっていないと、後で本になったときに絵のつなぎ目がズレたりしてしまう。そして何千部もの印刷物を最初から最後まで同じように綺麗に折らなければならない。なのでオリスターK.Tが作業をしているあいだ、日下部さんも休む暇なく動きまわっている。次々排出されてくる折られた紙を頻繁に手に取り、少し広げてみて折り目が綺麗に揃っているかどうかを確認し、一定部数ごとに揃えて梱包する。なにか気になれば機械を止め、オリスターK.Tの調整をナンヤカンヤと忙しそうにやっている。
何をしているのか全てを把握することはできないけれど、ひとつ教わったのは、上の写真でオリスターK.Tのロゴの上に紙が挟まったツマミのようなものが並んでいるのが見えるが、これはローラーの圧力を調整するツマミらしい。紙質や厚みによって折りの圧力を変えているということだろう。日下部さんは折りの出来を観察しながらこれを操作する。しかも、奥にも同じ位置にツマミがついている。つまり一つのローラーの右端と左端の圧力を変えられるということだ。オリスターK.Tには似たようなツマミが他にも無数にあって、気が遠くなるほど複雑な構造になっている。日下部さんはこれを20年近く操っているのだ。見えないものが見えてきそうだ。

折りの後はいよいよミシンの工程。紙の束だったものが縫われて本になる。大津さんの案内のおかげで、ちょうど『家をせおって歩く かんぜん版』のミシン作業を見学することができた!

これは「中綴じ」と呼ばれる工程。ずらっと並んでいるのは順番通りに並べられた『家をせおって歩く』のページたち。「AUTOMATICROTARYFEEDER OSAKO」というカッコいいロゴを冠したこのデカイ機械の下はベルトコンベアのように動いていて、上から落とされてくる各ページが順番に積まれながらミシンまで運ばれていく。折り機のときにも思ったけど、製本に使われる機械はとにかくデカイ。本自体の大きさからは想像もつかないデカさだ。しかし、このあともっとデカイ機械が登場する。

運ばれて来た紙が、ミシンにかけられるところ。次々にミシン縫いされていく。この瞬間、それまでの紙の束とは決定的に違うもの、つまり「本」になっているのだけど、意外とあっけなかった。「ダダダダダ…」と床ごと振動させながらすごいパワーで次々と本ができていく。ミシン工程を担当しているオペレーターは安堵さん。専属5年以上のベテラン。「やっぱり家庭用のミシンと違って特殊な針なんですか?」と聞いたら「じつは……結構折れるんですよ」と話してくれた。紙質や厚みに合わせて縫いのスピードを調整するのが大事らしい。「家をせおって歩く」は1時間に2700部くらいのスピードで縫われていた。ちなみに糸がすこし特殊なものらしく、綿なんだけど蝋でコーティングしている。この蝋が、ミシンで縫う時の摩擦熱によって少し溶け、すぐに固まってくれることによって縫い目を固定してくれるという。

これが「もっとデカイ機械」だ。デカすぎて笑ってしまった。「バインダー」というらしい。日常で想像するバインダーとは似ても似つかない。この戦車みたいな機械がどんな加工をしてくれるのかというと
写真が悪くて申し訳ないのだけど、白い本が中綴じされただけのもの。青い本がバインダーの工程の後のもの。バインダーはミシンで縫われた本を1冊ずつ圧力をかけながら、「寒冷紗(かんれいしゃ)」と呼ばれる布を本の背に糊付けしてくれる。中綴じされた本の背に「ホットメルト」と呼ばれているのり(180℃で溶けている。熱い)をつけてから、ロール状の寒冷紗を短く切りながら背に貼り付け、圧着する。寒冷紗には本の天と地(上と下)がわかるように、緑色のマジックで目印がつけられている。

この工程を担当しているオペレーターの砂川さん・駿河さんペアと大津さんと僕とバインダーとで記念撮影。なんとも味わい深い写真を北森さんが撮ってくれた(こうやって見るとやはり普段営業として働いている大津さんは、写真にも慣れている気がする)。バインダーの操作は載せ屋(バインダーに本を載せる人)と取り屋(バインダーにかけられた本を取って梱包する人)のペアで行うらしく、この二人はペア歴1年ほどだという。本にかけられる圧力が強すぎると、本の中でインクが裏写りしてしまうことがある。そうならないように本に合わせて圧力を調整したりなどしながら、バインダーと一緒に仕事をしている。

 

(第7回 大村製本(後編)へ)

2019.03.25

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