『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第10回 往来堂書店・SPBS・NADiff modern・代官山 蔦屋書店

一冊の本は、どうやってわたしたちの手元に届いているのでしょう。3月刊行の『家をせおって歩く かんぜん版』が完成するまでの様子を、作者の村上慧さんが本作りの現場をめぐるエッセイでお届けします。第10回は書店巡り前編。往来堂書店、SPBS、NADiff modern、代官山 蔦屋書店と、個性豊かな書店員さんにお話を伺いました。

『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第10回 往来堂書店・SPBS・NADiff modern・代官山 蔦屋書店


さて前回の記事を書いてから大分時間が経ってしまった。ここ2ヶ月ほどのあいだ、取次会社から各書店に配送されていった本を追って、僕は都内のいくつかの本屋を家とともにまわっていた。「家をせおって歩く かんぜん版が届くまで」というタイトルで4ヶ月ものあいだ続けてきたこの連載もいよいよ最終章。前回までの記事で原稿のスキャン→印刷→製本→流通と、本が出来上がる過程を追ってきた。本は最後は書店に並び、読者のもとに届く。その書店員さんの話を聞かないわけにはいかない。僕は本屋が好きだ。

まず最初に尋ねたのは文京区千駄木にある往来堂書店。マンションの一階の角にあるお店だ。店長の笈入さん(写真中央)とスタッフの皆さんが迎えてくれた。
家を軒先に置かせてもらい、まず中を見せてもらう。入ってすぐ、以前から気になっていた本が目に飛び込んできた。「読みたい本が並んでいて嬉しいなと思って、さらに奥の棚を見ていったら、次々と気になる本が目に入ってくる。一つの棚ごとに読んでみたい本が5、6冊はあるという感じ。全体としてはそれほど大きな店ではないのに、気になる本が山のように見つかる。一体これはどうやっているのか。
店長の笈入さんはもともと池袋の大きな本屋で6年ほど働いていた人だ。「大きな本屋には『無い本が無い』という役割があるけど、小さな街の本屋には地域のお客さんの嗜好を考えてお客さんとやりとりしながら店を作っていくということができる、とは言っても直接話すわけではない、本を通してやりとりする」と笈入さんは話してくれた。例えば「新刊の注文は~さんが読むだろうからそれプラス2冊」というふうにして棚を作っていく。他のある店の書店員さんは往来堂書店のことを「魔法みたいに面白い本が見つかる」と言っていた。笈入さんはそうやって18年間この店を作ってきたのだ。そんな棚に「家をせおって歩く」も置かれている。とても嬉しい。
軒先に置いた家の隣に座って僕の本を買ってくれた人にサインなどをしていたら、この店がこの地域にとって大きな存在であることがわかる。母親の手を引いて店に入ってくる子どももいれば、逆に母親に手を引かれて入ってくる子どももいる。ここは街の寄り合い所なのだなと思った。

翌日、渋谷区神山町にあるSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)を訪ねた。店長の粕川さん達が迎えてくれた。SPBSは手前に書店スペース、奥の全面ガラスの向こう側はシェアオフィスになっているお店だ。SPBSは粕川さん曰く「わくわくする場所」を目指している。奥のスペースでは本の編集や出版事業などをやっているが、手前の本屋スペースにもそのコンセプトは共通していて、「全体に編集をする会社です」とのこと。ここでは店に置く本のセレクトも「編集」として捉えている。出版社だけじゃなくて、本屋も本の「編集」をしているということだ。
 自分で本を作ってみてよくわかったのだけど、モノとしての本は印刷会社や製本会社がつくるけど、本の中身だって作者だけで作るものではない。編集者やデザイナーが本の中身に関わってくるのはもちろん、本屋もそれに関わっている。その本を「どの本屋で買ったか」で、読書体験が変わったりする。店に置く本を選ぶという仕事は、本の中身にも踏み込んでくる話だと思う。
 「本と、本屋が好きな人」に向けて本を選んでいて「掘っているけど、マニアックすぎない表紙の本」を選んでいると、棚作りの秘訣を教えてくれた。
 ここで僕の本フェアをやってくれるということで、何冊か選書を頼まれたのだけど、僕は『星を継ぐもの』(J・P・ホーガン)、『パリ・ロンドン放浪記』(ジョージ・オーウェル)、『地図と領土』(ミシェル・ウェルベック)、『ソウル・ハンターズ シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』(レーン・ウィラースレフ)など、ちょっと変化球な選書をしてしまったのだけど、粕川さんは「どれもよく売れるタイトルですよ」と受け止めてくれた。
 粕川さんの雰囲気が僕はなんとも言えず好きなのだけど(粕川さんは「いか文庫」という「エア本屋」もやっている)、話していると「本屋が好きな人のための本」というものが世の中にはたくさんあることがよくわかる。これも新しい発見だった。

次に訪ねたのは、SPBSから歩いて10分ほどの距離にあるNADiff modern。迎えてくれたのは店長の飯塚さん。ここは2時間という短い滞在だったのだけど、飯塚さんは大変な熱量でお店について話してくれた。NADiffは美術書が強い本屋だ。飯塚さんも大学の時は美術を専攻していた。30ヶ国を旅し、マーク・ロスコの絵が好きになり、修士論文はロスコの絵の色に関する研究だったという。卒業後は大型書店で働いていたけど、6年ほど前にNADiffへ来た。
「本屋をやっていて良かったと思うのはどんな時ですか?」と聞いてみたら「自分の『仕掛け』が売上という数字に結びついたとき」だという。「仕掛け」というのは本棚を作ることだ。飯塚さんはある本を置く時、そのとなりに置く本のことを考えるという。新しい本かどうかはこだわらず、純粋に自分のセレクトで行う。ちなみに『家をせおって歩く かんぜん版』の隣には建築家の坂茂さんや磯崎新さん、藤森照信さんの本などが並んでいた。ちなみにSPBSでは『ハ.ウ.ス. イラストで知る世界の名建築』(アレクサンドラ・ミジェリンスカ & ダニエル・ミジェリンスキ)や、『バベる!』(岡 啓輔)などと一緒に「家をせおって歩く」を置いてくれていた。セレクトする人によって本の捉え方が違うことがよくわかる。本屋の棚は、そのような「仕掛け」の集大成だ。

NADiff modernから1時間ほどあるいて、代官山 蔦屋書店を訪ねた。スタッフの山脇さん(右端)、瀬野尾さん(中央)、石山さん(左端)達が迎えてくれた。一度事前に訪ねたときに山脇さんと瀬野尾さんとは話したのだけど、その時からこのお二人のキャラクターの濃さに驚かされていた。軽く打ち合わせを行うつもりが、山脇さんの本(特に福音館書店の絵本)への尋常では無い熱量とトークスキル、それを隣で時に爆笑しながら聞いている瀬野尾さんがつくりだす雰囲気に圧倒されて2時間くらい滞在し、本も4冊くらい買ってしまった。僕の家を持ち込む時間やルートなど具体的なことを詰めなければいけないのに、面白い方に話がどんどん持っていかれる。書店員というよりアーティストなんじゃないかと思った。山脇さんは「伝説の編集長」や「伝説の映画愛好家」など、「伝説の」という言葉を度々使う。かっこいいので僕も使おうと思った。
 蔦屋書店では家を置くだけでなく、2泊ほど泊まらせてもらった。ある夜に瀬野尾さんに話を聞くことができたのだけど、書店員をやっているとよく「買う(あるいはプレゼントする)ならどんな本がいいか」という相談を受けるらしいのだけど、その流れで一度人生相談もされたことがあるという。そのくらいお客さんと近い距離にいるということだ。ここで働いているとイベントで著者に会えることはよくあるし、イベントじゃなくても「これ自分の本なんです。おいてくれてありがとう」と言ってくれる著者もいる。それも面白いと言っていた。もちろん棚を作るのも楽しいと。ちなみに「往来堂の棚はすごい」と言っていたのは瀬野尾さんだ。
 代官山 蔦屋書店の次は恵比寿のNADiff a/p/a/r/tを訪ねた。それはまた次回。
 

(第11回 往来堂書店・SPBS・NADiff modern・代官山 蔦屋書店へ)

2019.05.23

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事