『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第11回 NADiff a/p/a/r/t/・丸の内丸善本店・紀伊国屋書店新宿本店・ジュンク堂書店池袋本店

一冊の本は、どうやってわたしたちの手元に届いているのでしょう。3月刊行の『家をせおって歩く かんぜん版』が完成するまでの様子を、作者の村上慧さんが本作りの現場をめぐるエッセイでお届けします。第10回は書店巡り前編。NADiff a/p/a/r/t、丸の内丸善本店、紀伊国屋書店新宿本店、ジュンク堂書店池袋本店と、個性豊かな書店員さんにお話を伺いました。

『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで

第11回 NADiff a/p/a/r/t・丸の内丸善本店・紀伊国屋書店新宿本店・ジュンク堂書店池袋本店

代官山 蔦屋書店の次に訪ねたのは恵比寿のNADiff a/p/a/r/t。NADiff modernの飯塚さんが紹介してくれた。都内にいくつかあるNADiffの本店(水戸芸術館にも関連店舗あり)。店長の川越さん達が迎えてくれた。川越さんは2年前に東京都現代美術館のNADiff contemporaryからここに移って来た。アートが好きで、大学の時は日本大学芸術学部で彫刻を学び、人体の塑像を作って発表していたらしい。卒業後も「アートに関わっていきたい」と思い、巡り巡って今はこの店にいる。NADiffは元々表参道に97年から10年間ほど店を構えていたものが、恵比寿に移ってきたという。NADiff a/p/a/r/tに行ったことがある人はわかると思うけど、ガラス張りなのにプレハブ感がある面白いビルになっている。このビルは今年で10歳らしい。
「アーティストと密に関われるのが面白い」と川越さん。フェアの選書を一緒に考えたりと、アーティストとの距離が近い。アートブックには一般的に流通していない本も多いので、そういうものを扱うのもNADiffの役割だ。僕も自分でZINEを作ることがあるので、NADiffのような大きな本屋が手作りのZINEを扱ったりしてくれるのはとてもありがたい。お店で働いているスタッフのなかにも作家活動をしている人がいて、僕が訪ねた時も辛さん(週五で働いているらしい)というペインターの女の子がいた。アートと本をつなげてくれる心強い本屋さんだ。

NADiff a/p/a/r/tの次に丸善丸の内本店を訪ねた。兼森さんという書店員さんから小さな紙の家を作るワークショップを頼まれてすこしだけ滞在したのだけど、ワークショップの準備で東京駅の絵を描いたり、家を車に押し込む必要に駆られたりして、話を伺う時間がなかった。しかし兼森さんは後に再び登場する。

次に訪ねたのは紀伊國屋書店新宿本店。紀伊國屋ではフェアの他にトークイベントも企画してくれたのだけど、その会場が記者会見場みたいな背景だったので、記念に謝罪会見風の写真を対談相手の内沼晋太郎さんと一緒に一枚。ここでは課長代理の板垣さん(上の写真の右手後ろの人)から話を伺うことができた。板垣さんは紀伊國屋新宿本店の、なんとイベント専任スタッフ。300人もの人が働き、10万点もの本を扱っている大型書店ならではの役職だ。ここでは月に22件くらいのイベントをやっているらしく、板垣さんはそのうち15件くらいを担当しているという。この店に来たのは2016年9月のことで、それまでは紀伊國屋書店新宿南店で働いていた。
板垣さんがイベント担当になったのは、南店で働いていた時に前任のイベント担当者が転勤したのがきっかけだという。当時は「無理無理」と思ったらしい。前任者は色々なジャンルに詳しい人だったので、自分には力不足だと。でもイベントに来るお客さんが嬉しそうにしているのを見て、こちらも嬉しくなった。それで「ハッ」と思ったという。著者に会えて嬉しいお客さんがいる。自分にこの仕事ができるか不安だった時は、その発見が大きかった。板垣さん自身も、作家の木皿泉さんからサインを初めてもらったときとても嬉しかったという。この2年半でイベントは増えているらしい。著者を選ばずに足を運ぶ常連のお客さんもいる。板垣さんと顔馴染みになった人が「いつもご苦労様」と言ってくれたりすることもある。
NADiffで聞いた話と似ている。作家と近い距離に居て、一緒にイベントを企画し、本を売る。書店員は街のお客さんと本棚を介して関わるだけでなく、著者と読者のあいだに立つ仕事だ。

紀伊國屋書店新宿本店から3週間ほどの期間をおいて、最後に訪ねたのはジュンク堂書店池袋本店。ここでもトークイベントを企画していただいて、対談相手の大原大次郎さん(左端)、「家をせおって歩く」のデザインをやってくれた飯田将平くん(中央)と、スタッフのお二人と記念写真。この写真には写っていないのだけど、ここでは書店員の兼森さんから話を伺った。兼森さんは丸善丸の内本店のスタッフなのだけれど、このお店も掛け持っている。20年ほど前にジュンク堂書店池袋本店ができたとき、当時役者をやっていた兼森さんは「大きな本屋さんができるらしい」「シフトの自由が効くらしい」という噂を聞き、アルバイトを始めたのがジュンク堂との出会いだった。「続けていたらまわりの人達がいなくなっていき、気がついたら自分の手には本屋しかなかった」という。かつてあったジュンク堂新宿店でも働いていて、そのときに「著者に会う」ということの面白さを知った。著書が好きだった絵本作家のスズキコージさん本人にあった時に「この世に実在するんだ!」と思ったらしい。それで「作家のライブ感」を客に伝えたいと思うようになり、作家と一緒になって色々なことを試した。桃についての本を売っている棚のまわりに、桃の香りをふり撒いたりした。2、3分で香りは消えてしまうので、棚から客がいなくなるのを見計らって何度も撒いた。
「書店員として売り場を表現すること」と「役者の自己表現」には近いものがあるという。確かにそうかもしれない。演出家のもとで戯曲の中の人物を演じることと、作家の本を並べることで本棚として表現すること。兼森さんならではの視点だ。
本の棚作りのときは、隣同士の本が「友達かどうか」と考えるという。「隣同士にあなた達がいないとダメ!」と思えないと、本を並べられないという。なので兼森さんの悩みは、本棚が円形じゃないことだ。円形だったらすべての「友達同士」の本が隣同士になれる。でも円形ではないので、どうしても端と端の本が離れ離れになってしまうという。面白すぎる。ちなみに『家をせおって歩く かんぜん版』の友達は、偕成社の「世界のともだち」シリーズだった。オチとしては綺麗すぎる。
ジュンク堂池袋本店は9フロアあるのだけど、フロアごとに置いているジャンルが違う。その構成も時代とともに変わって来たという話の流れで、最後に兼森さんが「読み手と一緒に本屋も変わらないといけない」と言っていた。

今は本屋に行かずとも、インターネットで買いたい本を探して買うことができる。そちらの方が素早く手に入ることも多い。僕も時々使う。でもそこには「どの本を隣同士にすべきか」ということや「読者と著者を出会わせる」なんてことを年中考えている書店員さんはいない。ネット上では「この本を買った人はこれも買っています」という文言とともに本を勧めてくれるわけだけど、「この本とこの本は友達同士です」とは言ってくれない。これから本屋に行くときは、そんな書店員さんたちの存在を感じながら本棚を眺めたい。

さて、全部で11回になってしまった「本を一緒につくっている人たちに会いにいく」もこれで一旦お終い。精興社、大村製本、日本出版販売株式会社、そして今回の書店員の皆様、さらにこの取材を企画してくれた北森さんと、取材の日程など調整していただいた福音館書店の皆様などなど多くの人の協力のおかげで、このように本が作られ、届けられるまでを実際に見ることができた。この場を借りてお礼をしたい。本当にありがとうございました。そしてこれを読んでくれた方々も。これからは1冊の本を手にした時、その背後でどれだけ多くの人が動いているのかを想像することができるだろうと思う。そのことを忘れないようにしたい。


村上慧(むらかみ・さとし)
1988年生まれ。東京都育ち。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。アーティスト。2014年4月から自作した発泡スチロールの家を使っての生活を始める。他の著書としてこの生活の1年分の日記をまとめた著書「家をせおって歩いた」(夕書房)がある。

2019.05.23

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