『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー

『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー 第5回

『やぎのグッドウィン』の訳者・こみやゆうさんのインタビュー。最終回は、子どもの本の道へ進んだきっかけについて伺いました。

第5回 見えないバトンを



――どうして子どもの本にかかわるようになったんですか?

去年の秋に、熊本の母校で、職業や将来のことについて高校生相手に話をする機会があったんです。翻訳家という肩書で呼ばれたのだと思いますが、冒頭で「ぼくは翻訳家になろうと思ってなったわけじゃありません」という話をしました。いまの子どもたちが大人になるころには、その半分が、現在にない職業に就いていると言われていますよね? それくらい、時代の変化がどんどん速くなっている。だから、“将来、何になりたいか”を考えるのではなくて、“何をしたいか”を考えてほしい、という話をしたんです。それが考えられれば、どんな仕事に就いてもやっていけると。

――何がしたいか、ですか。こみやさんの場合は何だったのですか?

自分の場合、根幹にあるのは、“世の中から戦争と暴力をなくしたい”という想いです。もうそれが全てと言ってもいいくらい。子どもの本にかかわるようになったのはなぜかという質問にこたえるなら、両親が子どもの本屋をやっていたのもあるかもしれないけど、ぼくの芯となっているのが、亡くなった祖父の北御門二郎の存在なんです。

――どういう方だったのでしょう?

トルストイの「絶対的非暴力」の思想にふれて、戦中、徴兵を拒否した人物です。トルストイ文学の翻訳者としても知られています。ぼくは、そんな祖父のことを慕っていたし、祖父の考えを継承して、世の中から戦争と暴力をなくしたいと思っているんです。いわば、そのための手段が、ぼくにとっては子どもの本だったということです。親が子どもの本屋をやっていたり、本が好きだったりして、子どもの本の世界にたどりついたけれど、もし、ぼくが医療関係の仕事に就いていたら、その中で、どうやって戦争と暴力をなくしたらいいかを考えていたかもしれない。

世の中、つねに世界のどこかで紛争が起こっているし、武器が輸出され商売されている。ぼく一人がんばったところで、戦争も暴力もなくならない。でも、祖父がそうだったように、生きている以上は、それを目指して理想を追い求めたい。今の自分の立場でやれることをやりたい。そのために、たまたま選んだ道が、あるいは選ばれたのかはわからないですが、子どもの本の世界だったんです。



こんな話は文庫ではしませんけど、ぼくという存在をかき分けていくと、たどり着くのは、そういう想いなんです。もちろん、子どもたちに、戦争をなくしたいからこの本を読みなさい、なんてことは絶対言わないですが、そうなってほしいと願いながら、本を手渡しています。

――おじいさんのことをそんな風に意識したのはいつ頃からですか?

ぼくが子どものころは、北御門二郎といえば熊本では有名で、小中高と上がるたびに、先生に「おまえ北御門先生の孫か」と言われていました。でも、ぼくにとっては、遊びに行くと足相撲して遊んでくれるおじいちゃんぐらいにしか思っていなかったです。



高校三年のとき、大学受験を推薦で終わらせて何か月か暇ができたんです。何をしようかなと思って、そういえば、おじいちゃんは有名なのは知ってるけど、孫なのに本を読んでないのは恥ずかしいなと思ったんです。それで、『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』『復活』といういわゆるトルストイ三部作と言われる小説を読み始めたら没頭してしまって、そこから大学にかけて祖父の訳している本を全部読みあさったんです。

そのため、大学時代は友だちも出来ず、暗黒の四年間を過ごすことになりました……。でも、そこで「人間とは何か」「生きるとは何か」「神とは何か」「自分とは何か」ということを掘り下げて考えていました。あの時代がなければ、いまのぼくは絶対ないと思います。

祖父とも、そういうスタンスで会うようになりました。夏休み、家族で祖父のところに泊まりに行って、みんなで朝食を取っているときに、ぼくが「人間とは何か」みたいなことを話し始めたら、祖父とふたりで話し込んじゃって、気づいたらほかの家族はもうだれもいなくなっているっていう。よくそんなことがありました。

祖父が亡くなって10年ぐらい経ちますけど、自分の中でますます存在が大きくなってきています。ぼくは自分のプロフィールに祖父の名前を入れてもらっているんです。別に自慢してるわけではないんですよ。こうやって活字に残していかないと、風化してしまう。一人でも二人でも構わないから、それがきっかけで祖父に興味を持ってくれたらうれしいと思って、そうさせてもらっています。

祖父の名前が忘れられるぐらい日本が平和になれば一番いいんです。ですが、そうじゃないでしょう? 昨今どんどんきな臭くなってきている。だから、祖父が生きてきた道をみんなに知ってほしい、徴兵を拒否した人物がいたんだ、おかしいものはおかしいと声をあげた人がいたんだ、一生かけて平和を訴えてきた人物がいたんだ、ということを伝えていくことは、子孫の役割だと思っているのです。



祖父にとってはトルストイが根っこにあったように、ぼくにとっては北御門二郎が根っこなのです。そうやって、目に見えないバトンが国や時代をまたいで渡されて伝わっていく。それが本の力なのではないでしょうか?

――ありがとうございました。

写真2枚目 祖父の山でたけのこを掘る小さい頃のこみやさんと北御門二郎さん
写真3枚目 「このあの文庫」には、トルストイの訳書など北御門二郎さん関連の著作も
写真5枚目 北御門さんの著作『ある徴兵拒否者の歩み』(地の塩書房)

(この連載は今回でおしまいです)
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お知らせです!

今秋、「くまさん」シリーズの新刊がこみやゆうさん訳で刊行されます!



『せきたんやのくまさん』などでおなじみの「くまさん」シリーズの新刊『しょうぼうしのくまさん』『ボートやのくまさん』の2冊が、今年の秋頃、こみやゆうさんの訳で福音館から刊行されます。

ぬいぐるみのくまさんが、石炭屋、郵便屋、パン屋など、いろいろな職業を勤めるシリーズ。どの仕事も淡々と丁寧に取り組む姿が、“働くということ”の尊さとささやかな日常の大切さを伝えてくれます。

第1作『せきたんやのくまさん』は石井桃子さんの訳、第2作『ゆうびんやのくまさん』以降はインタビュー第3回にも出てきた間崎ルリ子さんの訳で親しまれています。

どうぞお楽しみに!

2020.01.10

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