あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|鈴木海花さん『わたしたちのカメムシずかん』

今回ご紹介するのは、岩手県葛巻町にある小学校で実際に行われた「カメムシ研究」の取り組みをまとめた新刊『わたしたちのカメムシずかん』。子どもたちが、身近にいるカメムシを自分たちで調査したり観察したりして、オリジナルの「カメムシずかん」を制作するまでの活動の様子を記録した一冊です。あのねエッセイでは、著者の鈴木海花さんが、普段「やっかいもの」とされることも多いカメムシの魅力に気づいたときのことや、本作を制作するきっかけとなった子どもたちとの出会いについて、語ってくださいました。

カメムシだって「宝もの」になれる

鈴木海花


まだ虫に興味をもちはじめたばかりのころ、湘南の野山で開催されたある自然観察会に参加しました。そのとき、とある低木の葉上に見つけたのは、まるで「おてもやん」みたいな、カツラをかぶった顔のようにみえる模様が背中にある虫。思わず見入ってしまい、観察会の指導員のひとりにその驚きとうれしさを伝えると、彼(20歳代の男性)は一瞬言葉を失い、それから後ずさりし、あきれ果てたという強い口調で「これが!? これがですか? おもしろいっていうんですか!」と詰問口調でいいました。でも……誰が何と言おうと、私にはこの虫がおもしろかったのです。

調べてみるとこれはカメムシ目に分類される昆虫で、陸生のものだけでも世界に3万8000種、日本には1100種ほども生息しており、そのほとんどが人が「臭い」と感じるにおいを出す、ということがわかりました。カメムシという虫の魅力に覚醒した私をさらなる深みに連れて行ってくれたのは『日本原色カメムシ図鑑』(全国農村教育協会刊)という、日本でいちばんたくさんのカメムシが、美しい写真とともに載っている図鑑でした。カメムシ類には背中に人の顔に見えるような模様をもつものがけっこういる、ということもこれで知りました。

さて、カメムシときいて、いい顔をする人はまずいません。カメムシがすごく好き、と熱く語っても「ともだち」はできません。それでもやがて『日本原色カメムシ図鑑』の著者のひとりであり、世界的にも知られるカメムシの分類学者である石川忠さん、伊丹市昆虫館の学芸員でカメムシ研究家の長島聖大さんたちに教えを乞うようになりました。

2013年の暮れ、石川、長島両氏の講演会で、岩手県の山間にある全校児童29人という小さな小学校の校長先生から送られてきたという、一通の手紙が読みあげられました。
「当地では冬になると屋内にカメムシがたくさんはいってきて、授業の前にみんなで掃除をします。やっかいものですが、よく見るといろんなのがいるのに気づき、こんなにたくさんいるのだから、みんなで種名を調べて『カメムシ博士』になろう!と呼びかけました。今では子どもたちは『カメムシはぼくたちの宝ものだね』というまでになりました」

これを聞いた私は即座に決めました。カメムシのことを「宝もの」といってくれる子どもたちや校長先生に会いたい、いや絶対に行く!

翌2014年2月、石川さん、長島さんとその家族と私は、新幹線いわて沼宮内駅から車で1時間半の山間にある、真冬の気温がマイナス10度前後という岩手県葛巻町の江刈小学校を訪ねました。この町は人口7500人(当時)ほどで、暮らしは主に林業と牧畜。全校生徒29人(当時)と、お手紙をくださった小野公代校長先生をはじめ全教職員のみなさん、町のひとたちが迎えてくれ、ありったけのストーブがたかれた講堂で「カメムシ特別授業」が行われたのでした。私はこの話をぜひいろいろな人に紹介したい、と以来3年間に8回江刈小学校を訪ね、当地の四季とカメムシの様子、そして小さな「カメムシ博士」たちとカメムシ探しをした記録を「たくさんのふしぎ」の一冊にまとめました。

この話を通して「やっかいもの」がいったいどうやって「宝もの」になったのか、またカメムシの意外な美しさや面白い生態に興味をもっていただけたら、こんなにうれしいことはありません。



鈴木海花(すずき・かいか)
1949年横浜生まれ。フォト・エッセイストとして旅や虫をテーマに作品を発表。チョウやカブトムシなどの花形昆虫だけでなく、カメムシやゾウムシなど身近な虫を観察する楽しみをブログなどで発信する一方、虫の専門家と一般愛好家を結ぶ『むし塾』などの催しも主宰。著書に『虫目で歩けば―蟲愛づる姫君のむかしから、女子だって虫が好きでした。』(スペースシャワーネットワーク)『毎日が楽しくなる「虫目」のススメ―虫と、虫をめぐる人の話』(全国農村教育協会)『どんどん虫が見つかる本―虫を楽しむ! 365日』(文一総合出版)など。

2020.05.05

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