あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|間崎ルリ子さん『ボートやの くまさん』『しょうぼうしの くまさん』

今回ご紹介するのは、9月の新刊『ボートやの くまさん』と『しょうぼうしの くまさん』。働き者のくまさんが活躍する人気シリーズの、待望の続編2冊です。あのねエッセイでは、シリーズのうち『パンやの くまさん』『うえきやの くまさん』『ゆうびんやの くまさん』の3冊を訳した間崎ルリ子さんが、世代を超えて愛されてきた「くまさん」の魅力、そして、「くまさん」が子どもたちの心をつかむ理由について、綴ってくださいました。

何にでもなれる「くまさん」と子ども

間崎ルリ子


夜はベビーベッドに寝て、昼間は荷馬車に乗って石炭を売りに行く『せきたんやのくまさん』に始まって、破れて中味がはみ出している小包みはちゃんと包みなおして配達する『ゆうびんやのくまさん』、朝とても早く起きて朝一番のお茶を飲み、パンやお菓子を焼いて売り、パーティーをする家に届けたりする『パンやのくまさん』、そのほか『うえきやのくまさん』や『ぼくじょうのくまさん』(*)など、いろいろな仕事をする「くまさん」がこんどは、ボートに乗ってイギリスの運河を行き来する『ボートやのくまさん』と、ネコを木の上から助けたり、農家の納屋の火事を消したり大活躍する『しょうぼうしのくまさん』と、ますます活躍の範囲をひろげてゆきます。

そこに描かれているのは電気や石油ではなく石炭が使われ、自動車でなく馬が車やボートをひっぱっていく時代、すなわち今でなく、古い時代のくらしです。でも子どもは何ら違和感を抱くことなくその中に入り込み、「くまさん」とともにその時代の空気を吸い、楽しみます。その底にある“人の暮らし”はいつの時代も変わらず、そこに脈打ついのちと心は今を生きる子どもと同じものであるからなのでしょう。

「くまさん」の絵本を読んでいると、なんともあたたかい幸せ感につつまれ、心がゆったりしてきます。「くまさん」はいつも自分の仕事を淡々と、でも誇りと喜びをもって一生懸命しています。そして一日が終わると大いなる満足感をもって眠りにつきます。子どもたちは「くまさん」と一緒に精一杯つとめを果たし、充実した思いでホッとため息をつきます。

「くまさん」はどこかぬいぐるみのくまさんのように見えます。『クマのプーさん』(A.A.ミルン作/シェパード絵、岩波書店)と同じです。子どもはぬいぐるみをはじめ、すべてのものに(石にでさえ!)いのちを感じ、生きたものとして受け止める名人です。これは子どもの特権です。もうひとつ、子どもの特権は、何にでもなれることでしょう。ごっこ遊びの達人であることからそれがわかります。ある時あるお母さんから、「同じくまさんがパン屋にもなり、また郵便屋になったり、植木屋になったりして子どもは混乱しないのでしょうか?」と聞かれたことがありますが、子どもは何の矛盾も感じず、すべての職業をくまさんと一緒に嬉々として体験しているように見受けられます。カナダの名児童図書館員であったリリアン・H・スミスはその著書『児童文学論』(石井桃子ほか訳、岩波書店)の中で、「子どもは現実と空想の世界の境界を一気に、まるで翼が生えたようにとびこえる」といっていますが、その通りだと思います。

幼い時に、できる間に、いろんなものになってさまざまな体験をすることが子どもの内に豊かな喜びの世界を作り上げていき、柔軟で適応性のある強靭な人間性を獲得していく基になると思われます。現実の生活の中で喜びの体験を重ねることの重要性はいうまでもなく、空想の世界の中で思いっきり想像の翼をはばたかせることが大切だと思われてなりません。

*童話館刊、まさきるりこ訳



間崎ルリ子(まさき・るりこ)
長崎県出身。慶應義塾大学図書館学科卒業、シモンズ・カレッジ図書館学修士課程修了。ニューヨーク公共図書館児童室などで勤務したのち、1968年から47年間、神戸市の自宅にて「鴨の子文庫」を主宰。現在も絵本の勉強会などを通して、子どもの本に深く関わっている。主な訳書に『もりのなか』『いたずらこねこ』『パンやのくまさん』(すべて福音館書店)など。

2020.09.01

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事