あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|村岡美枝さん『ひびけ わたしの うたごえ』

2月の新刊『ひびけ わたしの うたごえ』は、寒くて暗い冬の朝、スクールバスまでの長く寂しい道のりを、歌を歌って前向きに歩もうとする少女の姿を描いたカナダの絵本。カナダの代表的な小説『赤毛のアン』の翻訳者・村岡花子さんの孫で、ご自身もカナダと縁の深い村岡美枝さんが翻訳を手がけた一冊です。あのねエッセイでは、村岡さんが、少女の心の成長をみずみずしく描き出した本作の魅力や、そこに重ねる思いについて語ってくださいました。

乗り越える勇気 見守る勇気

村岡美枝


6歳の少女は、スクールバスに乗るために、北風吹きすさぶ雪深い道をひとりで歩いていかなければなりませんでした。途中には真っ暗な森があり、それはとても長くて辛い道のりでした。

お話の舞台は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州の北部。北海道より緯度が高く、冬場は学校に出かける時刻でもまだ陽が昇っていないのです。暗い道では余計な妄想が膨らんでしまうもの。ちょっとした物影も、得体の知れない化け物のように感じてしまいます。でも戻るわけにはいきません。少女はとっさにひらめきます。「歌を歌ってみよう!」すると、あたりの景色が違って見えてきました。歌うことで心が軽くなると、不気味だった物影は、いつの間にか自分を守ってくれる味方に変わっていました。気持ちのもちようで状況が一変することを、少女は自分の力で掴んだのです。泣いたり、引き返したりすることなく、ひとりで乗り越えた経験は、少女の自信になったことでしょう。

「ひとりでできた!」という経験を積み重ねて、子どもは成長していきます。「できた!」時の喜びの笑顔はまぶしいほど。その子の中に蓄積される達成感が、大人になってからの生きる力につながっていきます。一方、親のほうは、どんどん外の世界へと踏み出していく子どもに対して、心配が尽きません。でも、子どもの心に育まれた内なる力を信じて、旅をさせる勇気をもたなければなりませんね。

我が家にも、かつて、この絵本の少女のように、甘えん坊で、こわがりで、引っ込み思案の少女がいました。新しいことに向かうたび、その震える小さな背中に勇気の「ゆ」の字を書いて送り出したものでした。その少女が高校生になった時、突然、「留学したい!」と言い出しました。それも日本からいちばん遠い、地球の反対側の南米に行ってみたいと言うのです。これにはびっくりして戸惑うばかりでした。しかし、話をよく聞いてみると、自分の殻を破ってみたい、自分探しの挑戦をしてみたいという、熱く真剣な思いがありました。おそらく彼女にとって生まれて初めての大きな決意、その覚悟を理解し、私も勇気をもって送り出そうと心に決めました。

言葉も習慣も違う未知の国での生活は、新しい発見があり、楽しいこともたくさんありましたが、コミュニケーションがうまくいかず、辛くて悔しくて涙することも数えきれないほどあったようです。そんな時は歌ったり、星空を見上げたり、自分なりのおまじないで自らを励まし、ホストファミリーや友達に支えられながら、若いエネルギーをフルに使って、一年間の留学生活を終えて帰国しました。ひとりでいくつもの壁を乗り越えた経験は、間違いなく彼女に大きな変化をもたらしました。今では結婚し、もうすぐ二歳になる女の子を育てるワーキングマザー。私よりもずっとしっかり者で頼もしい存在です。こわがりで引っ込み思案だったかつての少女が、どんな思いをもってこの絵本を自分の娘に読み聞かせるのか、それが今の私の密やかな楽しみです。

私にとってカナダは最も親しみ深い国です。いつかカナダの絵本を紹介したいとずっと思っていました。その機会をいただけたことに心から感謝いたします。

このお話にふれたすべての子どもたちとそのおかあさんたちの心に、勇気の歌が響き渡りますように。



村岡美枝(むらおか・みえ)
日本女子大学大学院博士課程前期修了。作家の妹・村岡恵理と共に、祖母・村岡花子の著作物の管理、研究に従事。またL.M.モンゴメリの子孫やプリンスエドワード島州政府との交流を続け、日本とカナダの友好関係促進につとめる。訳書に『アンの想い出の日々』(新潮社)、『王子とこじき』(学研プラス)、『ヒルダさんと3びきのこざる』(徳間書店)などがある。

2021.02.03

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