あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|大谷陽一郎さん『かんじるえ』

5月の新刊『かんじるえ』は、絵がすべて漢字だけで描かれた、「字のない絵本」ならぬ「字だけの絵本」。「空」「海」「人」などの漢字を点描画のように配置し、文字だけで移りゆく夏の情景を描き出したユニークな一冊です。あのねエッセイでは、作者の大谷陽一郎さんが、「漢字」という文字の持つ興味深い性質について、また、初めて描く絵本に込めた思いについて、語ってくださいました。

漢字で感じる風景

大谷陽一郎


グラフィックデザインを学んでいた頃、ポスターやフライヤーに並んだ文字を眺めるのが好きでした。文字やテキストの見た目を操作することで、あらゆる世界観が生み出されている。そんなふうに文字の世界に夢中になっていると、次は漢字に魅かれていきました。そのきっかけは「雨」という漢字を改めて観察したことです。文字だけれど、天から水滴が落ちる様が表現されている。そこになんとも言えない情緒を感じました。遊びが含まれていると言っても良いかもしれません。「雨」の字で作品をつくったのを皮切りに漢字を使って作品をつくるようになり、結局グラフィックデザイナーにはならず、これまで美術作家として活動してきました。そんな私が初めて絵本を作る機会をいただきました。

この絵本では夏の一日をテーマにいろんな風景が出てきます。そして、全ての絵を漢字で描くことにチャレンジしました。「漢字」と「感じる」という言葉を掛け合わせて「かんじるえ」。駄洒落のような言葉遊びから生まれたタイトルには、漢字を通して風景を感じて楽しんでほしいという思いを込めました。

世界には数多くの文字があって、それぞれの文字ならではの特徴・性質をもっています。例えば、アルファベットは漢字と違って、26字と文字数は少なく、字の形もとてもシンプルです。活字できっちりと組まれたアルファベットの並びはとても美しい。ひらがなは縦に線を切らず続けて書くことができます。その柔らかな繋がりは手で書く動作との相性が良いと言えるでしょう。

それぞれの文字の性質を活用することで、その文字だからこそできる表現の可能性があるのではと思いました。漢字は、形と音という要素に加えて、意味をもつ文字です。一つ一つの漢字がそれぞれ意味をもっています。ひらがなでは「かみなり」という四つの文字が並ぶことで伝える意味を「雷」の一字のみで表すことができます。仮に「かみなり」という文字の並びを線として捉えてみると、対して「雷」という記述は点に近いと言えるかもしれません。
 
『かんじるえ』はこの性質に注目して制作しました。点として扱っても意味を伝えることに支障がないことから、点描画のように無数の漢字を配置することで面を作り、風景を浮かび上がらせます。行に捉われずページ上に自由に漢字を配置しました。ここでの漢字は風景を描くための素材と言ってもいいでしょう。漢字が画材になるのです。でも、その画材は文字であり、同時に意味ももっている。一見すると夏の風景画でありながら、よく見ると、一つ一つの意味を持つ漢字が浮かびあがってくる。そんな不思議な意味体験を促す絵本ができました。

この絵本で何度も描かれる「空」は、 「夕」 や「夜」 「朝」といった字とともに表情を変えていきます。「木」で描かれた松は、次のページで拡大されて「葉」「枝」「実」に分解されます。絵本全体を通して一字だけしか配置されていない隠れキャラ的な漢字もあります。

子どもたちには、ふだん勉強の中で出会うものとはまた違った漢字の姿にふれてもらい、漢字で遊べるんだ、という感覚を体験するきっかけになれば嬉しいです。そして、夏の風景を「かんじ」てみてください。



大谷陽一郎(おおたに・よういちろう)
1990年大阪府生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。2018年から2019年北京の清華大学へ交換留学。画集に『雨 大谷陽一郎作品集』(リトルモア)がある。

2021.05.07

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