作者のことば

“にげる”について、ちょっと話そうか
~きんぎょがにげて40年、こんどはひよこがにげます

昨年、累計300万部(!)を突破した『きんぎょが にげた』。来年(2022年)には、なんと刊行40周年を迎えますが、今度は「ひよこ」がにげました!

今年10月の新刊『ひよこは にげます』の刊行を記念して、五味太郎さんにインタビューを行いました。刊行から40年、今だからこそわかった「にげる」の深い意味とは? ぜひお楽しみください!

編集部 ── 『きんぎょが にげた』300万部突破です。刊行から40年逃げ続けました。

五味太郎 300万匹のきんぎょが逃げたわけだな。

── はい。40年にわたって子どもたちを夢中にさせてきたのはすごいことだと思います。この作品に、時代を超えた魅力があるということなのだと思います。

だってさあ。今改めて自分で読んでいても、けっこういいなって思うよ。

── この本を作った時に、なんで「にげた」という言葉を使ったのか、自分でも不思議に思うとおっしゃっていましたよね。

そうなんだよ。可能性としては、「きんぎょはどこ」とか「きんぎょのかくれんぼ」みたいなタイトルでもあり得たわけで、それでも「にげた」だったということが、決定的だったんだなと思う。なんでこの言葉を使ったのか、正直はっきりとは覚えていないんだよね。ただ、最初から「にげる」で行こうなんてことはさらさら考えていなかったのは確か。おれの絵本の作り方はいつもそうなんだけど、最初にプランも作らないし、結末があるわけでもない。おれなりに、こんな感じ好きだなみたいなイメージというか気分とか雰囲気とかがあって、それでちょっと進めてみる。あ、うまく行きそう。で、もうちょっと進めてみる。そうするとなかなかいい感じで進む時がある。もちろん、「あ、だめだ」って時もあるよ。そんなのが、世に出ている作品の10倍以上ある。でも、いい感じで進んで、最後まですっと行けたとき、やっぱりいいものができるんだよね。だからうまく行ったというのはいつも結果論。で、『きんぎょが にげた』のときも、そんな感じ。だいたいこのきんぎょ、見つけてほしくて逃げているのか、それとも本当は逃げていないのか、よくわからないよね。逃げてるのか、遊んでいるのか。そんなきんぎょと遊んでいたらできちゃったというのが、この本なんじゃないかな。

──「にげる」は、どちらかというとマイナスにとらえられがちな言葉ですが。

唐突だけど、おれ、この40年で成長したなあと自分で思っててさ(笑)。今になっていろいろ分かってきたわけ。ちょっと理屈で言うと、「にげる」って自動詞じゃない。他動詞だと「にがす」になるわけ。このきんぎょは逃げてるけど、もしかしたら逃がした誰かがいるのかもしれないよね。わざと逃がしたのか、逃げられちゃったのかはさておき。そもそも何で逃げるかと言ったら、その場所が窮屈だからだよね。だから逃げるということは、言い方を変えれば、自分を逃がすということでもあるわけだ。自分の逃がし方。ここではないどこかへ。逃げないと動かないんだよ。部屋の中のよどんだ空気を逃がさないと、新しい空気が入ってこないのとおなじで。

── 改めて、この作品に流れている空気感というか、風通しのよさを感じます。

自分が今いる場所にはホームの居心地のよさ、安心感というのはもちろんあって、そこにいれば安定はするんだけど、やっぱりそれだけじゃないんだよ。そこから逃げて、アウェイに出て行かなくちゃ、変わらないわけ。アウェイに行けば、いろんな経験をする。新しい出会いもある。怖い思いもする。その中で、どう動くかをひとつひとつ自分の感覚で判断しなくちゃいけない。でもそのひとつひとつが成長じゃない? 最初に与えられた安定した環境で誰かがつくった判断基準に従っている限りは見えてこない経験じゃないですか。そう思うと、逃げるというのは成長そのものなわけ。逃げながら成長するものだ、逃げながら大きくなるものだと、今は確信を持って言える。逃げるという行為には、本当はすごく豊かな意味があるんだ。40年前には、おれ自身それがまだ分からなかった。この確信があるから、今度の『ひよこは にげます』ではタイトルに「が」じゃなくて「は」を使ったの。ひよこは逃げるものだなあ、この世界ではちっちゃいやつらは逃げながら育っていくものだなあというのが、40年経った今のおれの正直な実感だから。な、成長してるだろ?


── 五味さんがたどり着いた今の思いが、『ひよこは にげます』に表現されているわけですね。

とは言え、やっぱりおれはコンセプトで本を作るわけじゃないから。今回だって、「にげる」か……なんてぼんやり考えているときに、何か丸っこいのがいいなとふと思ったわけ。きんぎょが赤だから、今度は黄色なんかだとかわいいなみたいに。しかも、ちっちゃいのが3ついて、絡んだり追いかけたりしながら、三者三様の動き方をしていったら、これは全然アリだなと思えてきた。そこから始めていい感じで進めていったら、乗って逃げて、降りて逃げて、家に逃げるんだということになって、これはもうばっちりだよ。すごくうまく行った。

── 『きんぎょが にげた』は「もう にげないよ」で終わりますが、『ひよこは にげます』は最後まで逃げ続けます。逃げると帰るが矛盾なく描かれていて、拝見したときに「すごい!」と思いました。

「おうちに にげます」って、おもしろいでしょ。まあ、きんぎょが「もう にげないよ」というのだって、ほんとのこと言っちゃえば表向きの話で、この顔見てたら、すぐに何人か気の合うやつらを連れてまだ逃げ出すに決まってるんだけどね。そういう性格のやつが一定数いるの。まあ、おれなんだけど。『ひよこは にげます』のラストでも、そんなやついるよ。逃げる派と、留まる派というのがいつの時代もいるの。

── 『ひよこは にげます』での親鳥の描き方が印象的です。ひよこたちが逃げるのを分かっているのかいないのか、逃げるがままにさせておくし、帰ってきたときも「やあやあ」くらいの感じでおおらかに迎えます。子どもに「にげる」隙を与えてあげているというか……。

「え、何かあったの?」くらいの感じでいるのが、キュートでしょ。現実にはどうしても先回りして危険を取り除いては、教え導くみたいなことが多い世の中だからこそ、こう在りたいよね。おとなにはそれくらいの余裕を持っていてほしい。アウェイでのトライ&エラーを見守ってあげるというほどのおおげさな話じゃないんだけど。普通に言って、親は子どものいちばんのファンなんだよね。子どものファンなんだから、子どものすることは誰よりも応援してあげたいわけ。ファンがいるって、うれしいし、元気になるじゃない。自分で言うのもなんだけど、おれも、ファンが多いの(笑)。だから元気が出るよ。

── 今日は「にげる」についてのお話をありがとうございました。『きんぎょが にげた』は近年ますます人気ですし、そんな中での今回の『ひよこは にげます』の刊行です。逃げるをキーワードに響き合う2作品を並べると、世の中がますます不透明、不確実になっている今、時代がようやく五味さんに追いついてきたのではという気がします。

いや、全然。追いつけると思ったら大間違いだよ。だいたいそうやって、まとめに入ろうとするな。時代論とか一般論とか、おれの知る限りたいていダメだよ。
 

(2021年6月 五味さんのアトリエにて/聞き手:編集部)

 

▶五味太郎さんインタビュー動画はこちら◀
 
五味さんへのインタビュー動画は、福音館書店YouTubeサイトからご覧いただけます。

五味太郎
1945年生まれ。工業デザイナーを経て絵本の世界へ。著作は450冊を超える。サンケイ児童出版文化賞、東燃ゼネラル児童文化賞、ボローニャ国際絵本原画展などで数多くの賞を受賞。絵本に『きんぎょが にげた』『かぶさん とんだ』『さんぽのしるし』『ばったくん』『みんなうんち』『からだの みなさん』『どこまで ゆくの?』(以上、福音館書店)『まどから おくりもの』『仔牛の春』『つくえはつくえ』(以上、偕成社)『かくしたの だあれ』『たべたの だあれ』(ともに文化出版局)『さる・るるる』(絵本館)「らくがき絵本」シリーズ(ブロンズ新社)など多数。絵本論『絵本をよんでみる』(平凡社)、絵本の仕事をまとめた『五味太郎 絵本図録』(青幻舎)がある。

2021.10.01

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事