日々の絵本と読みもの

特別エッセイ|山崎ナオコーラさん「怒ったっていいのだ」〜『プンスカジャム』刊行によせて〜

9月新刊『プンスカジャム』(くどうれいん作 クリハラタカシ絵)は「怒り」をテーマにした、くどうれいんさんにとって初めての子ども向けの童話です。この刊行を記念し、くどうれいんさん憧れの作家、山崎ナオコーラさんにエッセイをお寄せいただきました。
山崎ナオコーラさんは、現在お二人のお子さんの子育て真っ最中。「怒り」とのつきあい方はどのようなものなのでしょう。

怒ったっていいのだ

山崎ナオコーラ


長らく、「怒ったらダメだ」と思い込んで私は生きてきた。
それでも、つい怒ってしまう。ああ、ダメな人間なんだな、私は。人間としての自信をなくし、ため息をつく。周囲に対しては、怒りをなんとか隠そうとしてきた。ポーカーフェイスは結構うまくなったように思う。
そうして今、私の家には、五歳児と二歳児がいる。この二人は、そういう年頃なのだろうか、わりとよく怒っている。子どもは感情を隠さないので、誰から見ても怒っている。
私はそんな子どもたちの姿を見ると、自身のダメさを改めて突きつけられたような気分になったり、それから大人になっても子どもたちが感情をコントロールできなかったらどうしようと勝手な心配もしたりして、
「怒ったらダメだよ」
つい叱ってしまう。
けれども、本当にそうだろうか。どうして怒ったらダメなんだろう?
まあ、怒っている人と付き合うのは難しいから、「怒ると、周りに迷惑をかける」という側面はある。ただ、人間は迷惑をかけ合う生き物だ。そして、そもそもこの感情が人間に備え付けてあるということは、なんらかの良い方向にこの感情を育てていけばプラスになるときもある、ということなのではないだろうか。
もしかしたら、怒りの感情自体がダメなのではなく、怒りに蓋をして変な方向に育ててしまうことが、迷惑をかけ過ぎたり、事件を起こしたりしてしまうことにつながっているのではないか。
『プンスカジャム』。そうだ、怒っているのは、プンスカしていると表現してもいいのだった。プンスカという言葉を使えば、なんだか感情を肯定できる気がしてきた。   
眉毛や口を曲げてプンスカする、ハルの怒り顔はかわいい。「ベーカリーあんぐり」の車は外観も内観も夢のようだ。怒っていることが、素敵なファンタジーにつながっていく。
私の家にいる子どもたちはまだ待ち合わせなどは難しいが、これからきっと、友だちのプンスカに遭遇して悩むときも出てくるだろう。その際に、
「怒ったらダメなんだよ」
と相手の感情に蓋をするだけだったら、きっとうまくいかない。
私は反省した。これからは、あぐりさんみたいに、子どもたちの感情をそのまま肯定して、もっと話を聞いてみよう。
怒ったっていいのだ。ジャムにすればいいのだから。
怒るのが悪いのではない。ジャムにできないのが悪いのだ。
五歳児に向けて読んで聞かせてみたら、やはり、ジャムやメロンパンや移動販売車といったアイテムに惹かれるらしく、熱心に耳を傾けていた。そして、ハルが怒っている姿の絵を、よく怒る自分と重ねて捉えているのだろうか、気恥ずかしいような表情で見つめていた。もちろん、子どもが「怒り」について真剣に考察できるわけもないのだが、とりあえず、「ときには怒ってもいいんだな」と世界が広がったように感じてくれた気はする。
この子もいつか、「ベーカリーあんぐり」でジャムを作れるといいな。そんなことをつい願った。


山崎ナオコーラ
1978年、福岡県生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。卒業論文は「『源氏物語』浮舟論」。2004年、『人のセックスを笑うな』で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を始める。著書に、小説『浮世でランチ』『カツラ美容室別室』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『美しい距離』(島清恋愛文学賞受賞)『肉体のジェンダーを笑うな』など。エッセイに、『指先からソーダ』『男友だちを作ろう』『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』などがある。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書く」。


くどうれいんさんのエッセイはこちらから。
 

2021.09.08

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