絵本が生まれる場所 ー編集者のことばー

「手遊びうた」から生まれた絵本『くまさんおでかけ』

子どもたちが日々楽しんでいる絵本。その一冊の絵本は、どこでどんなきっかけで生まれたのでしょう? 人気のあの絵本について、作者の一番近くで見てきた元担当編集者が語る特別連載「絵本が生まれる場所」。第1回は、中川宗弥さん中川李枝子さんご夫妻のつくられた『くまさんおでかけ』です。

「手遊びうた」から生まれた絵本『くまさんおでかけ』

井上博子(元福音館書店編集者)

この絵本ができるきっかけは、ある図書館のおはなしの会で、「くまさんのおでかけ」という手遊びのうたに出会ったことでした。「いっぽんみちを てくてく くまさんが おでかけ」と、ぬいぐるみのくまさんが腕の一本道を歩いていき、「や いきどまり まわれみぎ」と、また戻ってくるリズミカルなうたでした。

主催者の方にうかがうと「作者は中川李枝子さんなんですよ」ということで、中川さんのお宅に飛んでいきました。

ご自宅では李枝子さんと宗弥さんがご夫婦で迎えてくださいました。李枝子さんに「くまさんのおでかけ」のうたを「こどものとも年少版」でぜひ絵本にしたいのですが、とお願いすると、最初は「手遊びと絵本はまったく違うものだから、どうかしら?」というお答えでした。やはり難しいか……と思っていると、宗弥さんが「できるかもしれないよ。<いきどまり まわれみぎ>の場面は、どん! と大きな木にぶつかって木の周りをぐるぐる回って、来た道と違う道を歩いていくというのはどうかな?」と、具体的な案を出してくださいました。

文案ができると、3人で打ち合わせをしました。最初の手遊びうたでは、くまさんは「てく てく てく」と歩いていましたが、宗弥さんから幼い子らしい歩き方、たとえば「とことこ」はどうかなとご提案があり、「とこ とこ とこ」になりました。このようにして『くまさんおでかけ』の文が紡がれ、一冊の絵本として完成しました。

絵を描いてくださった宗弥さんは、作品ごとに描法や構図に工夫を凝らして、独自の個性のある本を創り出されます。この絵本では水彩、色紙、カラーペン、ペンといくつかの画材を組み合わせてくまさんの世界を生き生きと描き出してくださいました。

主人公のくまさんは水彩とカラーペンで歩く姿、立ち姿、すってんころりんと転ぶ姿、しゃがんでいる姿……と、表情豊かに描かれていますが、背景の木や水たまりは、貼り絵で単純に表現されています。ペンの線が、くまさんのポケットや帽子、靴のひも、いちごや山ぶどうの輪郭線に効果的に使われています。そのことによって、それぞれの場面でのくまさんの姿かたち、顔の表情が背景に溶け込むことなく、読者に向かってくっきりと立ち現れてきます。

また、宗弥さんは、絵本の中にいくつかの秘密をこっそりと描いてくれました。

①くまさんの足跡の秘密。くまさんが歩いた足跡が描かれていますが、足跡の色が、茶色、緑、水色と変化します。これは描かれていない山や野原の色なのです。くまさんの巣穴のある山を歩いているときは茶色、草の上は緑、水たまりに入って濡れた後は水色になっています。

②足跡のもう一つの秘密。足跡にペンの線が描いてあります。実はこれは1から99までの数字で、くまさんが歩いた歩数なのです。99とくまさんの足が2歩分ありますから、ぜんぶで101歩になります。

③裏表紙の秘密。裏表紙に描かれた白、ピンク、緑、茶色の4本の木。これは、冬、春、夏、秋の四季の木で、「くまさんのおでかけは数十分の散歩のように見えるが、実は四季をまたぐ、くまさんの自然の生活だったと考えることもできるのではないか」という宗弥さんの思いから描かれたものです。くまさんが行きには夏の木いちごを、帰りには秋の山ぶどうを食べるのもくまさんのおでかけが壮大な旅である証かもしれません。

④最終ページの秘密。最後のページに、木の枝に干した、くまさんの靴が描かれています。宗弥さんは「絵本のもとになった手遊びうたは、くまさんが腕の一本道を戻ってきておしまいになるが、絵本ではくまさんのお話はここで終わりではない。この靴はくまさんが家に入ってお母さんにおみやげをわたす前に、自分で干したもので、また次の日この靴をはいて散歩に出かける。くまさんの生活はこのあとも続いていくのです」と、おっしゃっています。

このようにして、2007年に「こどものとも年少版」4月号として出版された『くまさんおでかけ』は、2010年に「幼児絵本」シリーズの1冊としてハードカバーになりました。これからもたくさんの子どもたちが、くまさんと一緒にお出かけを楽しんでくれますように!


井上博子(いのうえひろこ)。元福音館書店編集者。1972年福音館書店入社。主な担当作品に『くまさんおでかけ』『ぐりとぐらとすみれちゃん』『ひよこさん』『もりのひなまつり』『トマトさん』『ぐぎがさんとふへほさん』『こぶたのバーナビー』『パンツのはきかた』『いしゃがよい』や、「やなぎむらのおはなし」「きつねのきっこ」「ねぼすけスーザ」シリーズなど。
 
元担当編集者が語る「絵本が生まれる場所」。
いかがでしたか? 
第2回「
輝きつづける楽しい時間『ぐりとぐらとすみれちゃん』」はこちらから。

2021.09.30

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