絵本が生まれる場所 ー編集者のことばー

輝きつづける楽しい時間『ぐりとぐらとすみれちゃん』

子どもたちが日々楽しんでいる絵本。その一冊の絵本は、どこでどんなきっかけで生まれたのでしょう? 人気のあの絵本について、作者の一番近くで見てきた元担当編集者が語る特別連載「絵本が生まれる場所」。第2回は、「ぐりとぐら」シリーズから『ぐりとぐらとすみれちゃん』です。

輝きつづける楽しい時間『ぐりとぐらとすみれちゃん』

井上博子(元福音館書店編集者)

1963年に出版されて以来、親子3代にわたって読み継がれている絵本、『ぐりとぐら』。そのシリーズ6作目が『ぐりとぐらとすみれちゃん』です。

シリーズ5作目の『ぐりとぐらとくるりくら』が出版されて13年がたったある日、中川李枝子さんから「こどものとものための原稿ができたので、いらしてください」というお電話があり、お宅に伺いました。渡された原稿には、「ぐりとぐら」の文字が! 待ちに待った「ぐりとぐら」の新作の原稿を感動しながら読ませていただきました。

そこには、このシリーズでは初めて読者の子どもたちと等身大の人間の女の子が登場していました。そのことを申し上げると、「実はね、すみれちゃんにはモデルがいるのよ」と、すみれちゃんとの出会いをお話ししてくださいました。

その1年数か月前、盛岡での講演の後、李枝子さんは一通の手紙を渡されました。手紙を手渡したのは、幼稚園の先生をしていらっしゃるすみれちゃんのお父さんで、手紙はすみれちゃんのお母さんからでした。

手紙には、すみれちゃんが4か月前、脳腫瘍により4歳で命を閉じたこと、生前、元気なときも、病院のベッドでも、「ぐりとぐら」シリーズの絵本を本当に楽しんだこと、何も食べられなくなってからも、『ぐりとぐらのえんそく』のお弁当の場面を開いて、「きょうはこれにする」と、食べる真似をしていたことなどがつづられていました。そして最後に、娘に幸せな時間を与えてくださって、ありがとうございましたと、お礼の言葉が述べられていました。

それから、李枝子さんとすみれちゃんのお母さんの間で文通が始まりました。かぼちゃが大好きで、畑の手伝いも大好き、スキップも大好きな、とっても元気な女の子。李枝子さんの中にすみれちゃんの姿がくっきりと浮かび、そして動き始めました。

 「絵本の中で、すみれちゃんに楽しい時間を過ごしてほしいと思って書いたのよ。すみれちゃんが楽しいときを過ごしていることが、お母さんやお父さんにとっても救いになると思うの」大きなかぼちゃを抱えているすみれちゃんの写真を見ながら、李枝子さんは話してくださいました。

山脇百合子さんが絵を描かれるときには、元気だったころのすみれちゃんの写真が、李枝子さんから百合子さんのもとに届けられていました。最初のラフスケッチでは、すみれちゃんの大きさは、ぐりとぐらの1.5倍くらいの大きさ、かぼちゃはぐりとぐらがふたりで持ち上げられるくらいの大きさでした。李枝子さんから「すみれちゃんとかぼちゃをもっと大きく!」というご要望があり、すみれちゃんは一回り大きく、かぼちゃはぐーんと大きくなって、迫力満点になりました。

こうして生まれた『ぐりとぐらとすみれちゃん』は、「こどものとも」2000年4月号として刊行されました(その後2003年にはハードカバー版も刊行)。出来上がった絵本の表紙を開いたすみれちゃんのご両親は、扉ページのすみれちゃんの後ろ姿の絵を見て、「すみれがここにいる!」と、驚かれたそうです。届けられた写真の中には後ろ姿のすみれちゃんはなかったのですが、百合子さんの画家としての目が、すみれちゃんの姿を見事にとらえ、生き生きと描き出していたのです。

この絵本のクライマックスは、すみれちゃんが大きな固いかぼちゃを割るところです。「おかあさんはいつもこうやるの」と、かぼちゃを力いっぱい地面にぶつけて、まっぷったつに割ります。この場面について李枝子さんにうかがうと、以前、北海道の親類が固いナタかぼちゃ(ナタがなくては割れない)を送ってくれたことがあり、どうやって割るか困っていたら、「地面にぶつけるのよ」と教えてくれたそうです。私も自宅の玄関前のコンクリートにかぼちゃをぶつけてみました。1回目、2回目は弾むだけだったのですが、3回目に渾身の力でたたきつけると、見事、ピーンと割れ目ができました。それ以来、かぼちゃはこの方法で割っています。(ストレス解消にもなります。)

この絵本の編集作業をしていたある日、すみれちゃんのご両親が盛岡から福音館書店を訪ねてこられました。大きな大きな紙袋を持って。紙袋の中からキレイな箱が何個も出てきて、その箱の中には、すみれちゃんのお母さんの手作りのかぼちゃのスフレがたくさん入っていました。そのスフレのふわふわでおいしかったこと! ぐりとぐらの周りに集まって、大きなカステラをよばれる森の動物たちのように、編集部のみんなでおなかいっぱいいただきました。


井上博子(いのうえひろこ)。元福音館書店編集者。1972年福音館書店入社。主な担当作品に『くまさんおでかけ』『ぐりとぐらとすみれちゃん』『ひよこさん』『もりのひなまつり』『トマトさん』『ぐぎがさんとふへほさん』『こぶたのバーナビー』『パンツのはきかた』『いしゃがよい』や、「やなぎむらのおはなし」「きつねのきっこ」「ねぼすけスーザ」シリーズなど。
 
元担当編集者が語る「絵本が生まれる場所」第2回。
いかがでしたか? 

次回、第3回は11月末頃公開予定です。どうぞお楽しみに!

2021.10.29

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