あのねエッセイ

特別エッセイ|はっとりさちえさん『よるはおやすみ』

美しい色彩と細かい描写、そして子どもたちの表情が魅力的な作品を手掛ける、画家・はっとりさちえさん。2018年に月刊絵本「こどものとも」として刊行された、はっとりさんの日本では初めての絵本『よるはおやすみ』が、ハードカバーになりました。子どものころから、「おやすみ」という言葉の持つ親密さに、どこか気恥ずかしさを感じていたというはっとりさんですが、今は……? お子さんとの心温まるエピソードは、絵本の中の子どもたちとも重なります。ぜひ、絵本とあわせてお読みください。

あの頃の私はもういない

はっとりさちえ


「みんなに『おやすみなさい』を言いに行く話」
この作品を端的に説明すればこんな感じになっちゃうのだが、幼い頃の私は「おやすみ」に対して特別な重みを感じていた。なぜなら「おやすみ」は、誰にでも言えるものじゃないから。夜眠る前にそばにいる人なんて、家族や恋人だったり…自分にとって特別な存在の人だけ。特別な存在にだけ言える、特別な言葉。なんだか「大好きだよ、愛してるよ」の意味が込められているみたい、と幼心にずっとそう思っていたのだ。だから、なんだか気恥ずかしくて、なかなか「おやすみ」を言えないまま、大人になった。

この作品の作者ではあるが、描きながら「この子達はすごいなあ」と感心した。めちゃくちゃ「大好き、愛してる」って叫びながら駆け抜けているようなものじゃないか。身近なものから未だ見知らぬ世界まで、この子達は大好きで、大事なんだなあ。思いがけずどんどん先へ行ってしまうので、私にできることは「どうやって家まで帰らせようか?」と考え、流れ星を用意することだけだった。綺麗な星を描こうとしたその時、お腹の中がゴニョニョ!と動いて筆が乱れ、着彩し直したのを今でも覚えている。

――私はもうすぐ赤ちゃんを産みます。子どもの頃になかなか言えなかった「おやすみ」を、愛を込めて、この子に毎晩言うのが楽しみです――
月刊誌の折り込みでこう書かせてもらって3年。制作当時お腹の中でうごめいては筆を止めさせていた息子も、おかげさまで無事に生まれ、元気にこの世界を駆け回っている。

さて、そんな息子と『よるはおやすみ』の子ども達には共通点がある。動植物やオモチャはもちろん、家やらホコリやら食べ物、そしてお月様…どんなものにも話しかけるのだ。けれど1つ暗黙のルールがあり、息子が何かに話しかけたら必ず私がそれになりきってアテレコをしなければならない。
「こんにちは~虫さん。ぼくは〇〇です。3さいです」
「オヤ、コンニチハ~。カワイイネ~」
「プリンさん、ぼくのおくちにはいってね」
「わ~い☆食べて食べて~嬉しいな☆」
ある時、疲れてうっかり返事をしないでいたら「みんな…! おへんじして…!」と切実な顔で部屋に向かって訴えていたので、慌てて顎をしゃくらせてお返事した。大変なこともあるが、次は何とお話するのだろう?と楽しみにしている自分もいる。話しかけるということは、それが好きだったり気になったりするのだろう。息子の見ている世界には、そんなものがこれからも多くあってほしい。『よるはおやすみ』の子ども達と同様に、目の前の世界にも見知らぬ世界にも興味と愛を持ち続けてほしいと勝手に願っている。

ちなみにこの頃、息子は夜寝る時に決まって「おやすみ。ママいっちばんだいじだよ」と言ってから眠るようになった。
「ママも、〇〇が世界でいーちばん大事だよ。大好き。おやすみ」
他の何でもない、この子の母である自分そのままに、そう言ってお返事をする度に、なんだか目頭がジンと熱くなる。「おやすみ」が恥ずかしくて言えなかった私はもういない。

この作品に触れて、誰かから言われる「おやすみ」の中の愛に、気づいてくれる子がいたら嬉しい。



はっとりさちえ
画家。1988年、鹿児島県生まれ。富山大学芸術文化学部造形芸術コース卒業。2013年より個展を開催。2018年、フランスの出版社より『L'INFINI VOYAGE』を刊行。日本では本作がはじめての出版。東京都在住。

2021.11.10

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