あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|さとうゆうすけさん『こねこのウィンクルとクリスマスツリー』

いよいよ今年も12月となり、街にはクリスマスの足音が近づいてきました。
新刊『こねこのウィンクルとクリスマスツリー』は、そんなクリスマスを舞台にした、ちょっぴりやんちゃな子猫のお話です。家に置かれたクリスマスツリーにどうしてもさわりたい子猫のウィンクルは、こっそり寝床をぬけだしますが……。
原作者は小さな子どもの感情の機微を丁寧に描くことで名高い、お話の名手ルース・エインズワース。特別な一夜の物語を、美しく重厚感のある絵で彩ってくれたさとうゆうすけさんに、絵本の創作についてエッセイを綴っていただきました。

物語の世界とその入口

さとうゆうすけ


初めてルース・エインズワースさんの「こねこのウィンクルとクリスマスツリー」を読んだとき、胸がドキドキしました。イギリスのお屋敷、可愛い子猫達、そしてクリスマスの飾り、動物好きで子供の頃にはシャーロック・ホームズに夢中だった私にとって、絵に描きたいモチーフが目白押しだったからです。 

ところが、いざ絵を描き始めようとしたところ、はたと鉛筆を持つ手が止まってしまいました。
皆さんは、イギリスのクリスマスと言われたら何を思い浮かべますか。私は、真っ赤に燃える暖炉とその前で繰り広げられる物語を想像していたのです。けれど、やんちゃな子猫のウィンクルはガスストーブを相手に喧嘩をしているではありませんか。

うーむ、古いガスストーブとは一体どんな形をしているのだろう。疑問に思っていたところ、編集者さんが当時のガスストーブの写真を沢山送ってくださいました。その姿はストーブというよりも、金属の表面を綺麗な模様で覆われたまるでアンティークの置物のようでした。

なるほど、ガスストーブについてはよくわかりました。しかし、まだ考えなければいけないことがあります。物語の中でシューッと音を立てるストーブに、子猫のウィンクルはシャーッと唸り返しています。もしかすると、ウィンクルは生まれて初めて見たこのストーブをまるで猫のような生き物だと思っているのかもしれません。

私はそんなことをあれこれ考えながら、この物語の絵を描き始めたのです。最初は小さなスケッチを鉛筆でいくつも描いてみました。それからもっと大きな下絵を描き、いよいよ絵具で色を塗り始めました。

小さな子猫から見たストーブは、まるで巨大な怪物のように感じられるのではないでしょうか。表面の飾り模様は、目玉や鼻や恐ろしい牙の生えた口に見えているのかもしれません。足を踏ん張って燃えるような真っ赤な口を大きく開けると「シューッ」と唸り声を上げています。

きっとウィンクルには、こんな風に世界が見えているのです。けれど、元気いっぱいのウィンクルは怖がったりなんかしません。大好きなお母さんがそばに居てくれるから、大胆になっているのかもしれません。びっくりしている兄弟達の前で、格好いいところを見せたいのかもしれません。
小さな体のフワフワの毛皮を精一杯膨らませて堂々と唸り返しているに違いありません。

私はこのようにして考えては描き、描いては考え、絵本のページを一枚また一枚と仕上げていきました。寝床を抜け出して、ウィンクルと一緒にクリスマス前の一夜を体験してきたのです。
読んでくださった皆さんが、そのドキドキするような気持ちを少しでも感じてとってくださったなら大変嬉しいです。

物語の最後にウィンクルは一夜の冒険を通してちょっぴり成長したように見えます。けれど、小さなウィンクルに簡単に「良い子」になってほしくはありませんでした。だから裏表紙には、それでもやっぱりやんちゃな子猫のウィンクルを描き足しました。
行きて帰りし物語とは、そういうものだと思うのです。



さとうゆうすけ
2008年に初の個展を開催して以後、美しく細やかな画風で注目される。絵本に『ノロウェイの黒牛』(BL出版)、挿絵に『夜の妖精 フローリー』(学研プラス)がある。昔話や童話をモチーフにしたり、木彫、針金、陶器などの立体作品も手掛けている。

2021.12.01

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