イベントレポート

junaidaさん×祖父江慎さん×藤井瑶さん『街どろぼう』刊行記念トーク 第1回

2021年に10周年を迎えた東京・代官山蔦屋書店。その記念企画として開催された「junaidaフェア」の一環として、2021年11月に『街どろぼう』刊行記念トークが行われました。作者のjunaidaさんに、アートディレクションを担当した祖父江慎さんとデザイン担当の藤井瑶さん(コズフィッシュ)が加わり、『街どろぼう』ができるまでのこと、ブックデザインのことを楽しくおしゃべりされました。その様子を、全3回でお届けいたします。

始まりは一枚の絵

junaida どうもこんばんは、junaidaです。今日は7月に出た『街どろぼう』のブックデザインについていろいろお話しできたらと思っています。

祖父江 まず、『街どろぼう』の構想って、どれぐらい前から考えられていたんですか?

junaida 十何年か前に描いた一枚の絵があったんです。それが『街どろぼう』の元になった一枚のイメージ絵で。僕、ふだんは作品タイトルって付けなくて、管理上の仮の名前を付けるくらいなんですけど、データを見たら「街どろぼう」と書いてありました。

祖父江 もうそこでタイトルは決まってたんですね。

junaida そうなんです。この絵を元に、夜寝る前とかに自分で自分におとぎ話をつくるじゃないですけど、頭の中でごにょごにょやってるときにできたのがたぶんこのお話で。

祖父江 先に絵があってからお話につながるんですか。

junaida この場合はそうでしたね。

藤井 このときの絵はどこかに発表するものとかじゃなくて、個人的に描かれたものだったのですか?

junaida その頃はそういう1枚の絵をいっぱい描いて、年に1回個展をするということを繰り返していたときだったかもしれない。それで、このお話はお話として、ずっと自分の中に持っていたんですけど、ちょうど『Michi』という絵本が出た後ぐらいに、担当編集者から知り合いのお子さんが学校とか対人関係とかで悩んでいるみたいな話を聞いたんです。そのときに、ふとこのお話のことを思い出したんですよ。それで、ラフの絵をぱーって描いて、手書きで物語を、こういうお話なんだよっていうのを書いて、その子にあげたんです。そしたら「この巨人は僕だ」みたいなことを言ってくれていたそうで、じゃあこれは自分の中に置いとくだけじゃなくて、誰か人に見せたらどうかなって思ったんですよ。

祖父江 お話が面白いですよね。何百年も前から語り継がれていたみたいな。

藤井 どこかの国の民話みたい。お話の内容は、思いついたときから変わっていったりもしたんですか?

junaida 全然変わってないです。(メモを見せながら)これですね。「山の奥深くに一人の巨人が寂しく暮らしていました」。話を思いついた瞬間というのは、あまりはっきりと覚えてなくて、自分で言うのも変ですが、最初からなんかよくできた話というか、自分で考えたような気もあまりしてないくらいで。

ポケットの中に持ち歩いていたお話
祖父江 お話が頭の中でゆっくりと、育っていったんですね。

junaida あるいは、ずっとポケットの中に入れて持ち歩いていたような、そんなイメージもこの『街どろぼう』にはありました。自分としても距離感が他の本とちょっと違って、人の本、人の話を書いたような気もしています。

藤井 この判型(本のサイズ)になったのも、最初からちょっと小ぶりな本を作ろうっていうイメージがありましたよね。

junaida この話は、どこか、子どものときの自分に向けて書いたのかな、みたいにも思っていたんですよ。そしたら、藤井さんも最初読んだときに、そう言ってくれましたよね。

藤井 小っちゃかった頃の自分に読ませてあげたかったなって。最初ラフを受け取ったときにそういう感想をお送りしたんです。

junaida そう。それで、これは、読者一人ひとりにとっての“自分の本”みたいになってくれたらいいなと思ったんですよね。手のひらに収まるような感じで、実際にポケットに入れなくてもいいんですけど、自分の“見えないポケット”にこの話を持って歩いてくれたら素敵だなって。

祖父江 なるほど。そういうことだったんだ。

藤井 junaidaさんって、最終的に「本」という形になったときのイメージまで含めて毎回作品をつくってらっしゃるように思います。ラフの時点で、絵があって「どういう本がいいだろう?」ということじゃなくて、「このくらいのサイズの、こういう存在の本をつくりたい」っていうイメージをはじめからかなり具体的にお持ちですよね。

junaida そうですね。絵を描くぞ、とか、物語を書くぞ、というよりは、本をつくるぞ、と思っているところがあるからかもしれないですね。たとえば表紙絵を考えるときでも、平面の絵を平べったい状態で考えるんじゃなくて、立体の本をまず斜めから描いて、そこにデザインと一緒にイメージしていくことが多いです。

祖父江 ブックデザイナーは、斜めから本の形を描いてみたりするけど、絵の人はあまりやらないですよね。junaidaさんはデザイナーでもありますね。それから、お話の流れと色を同時に強く意識されてますよね。前回の『怪物園』のときは、深いものと明るいものの繰り返し、呼吸のような感じでしたし。

藤井 今回の『街どろぼう』も、昼と夜のシーンが交互にくるリズムがありますね。

junaida リズムがやっぱり大事だと思ってて。絵的なコントラストみたいなことでリズムもできるし、ページをめくるという肉体的な行為でもリズムができる。一冊の本の中に散りばめられたいろんなリズムが重なって、ビートを感じてもらえるのが一番いいですね。

藤井 音楽もされていたjunaidaさんらしい考え方ですね。

祖父江 一方で、文字をここの白いところに乗せて……と、いかにも“絵本らしい”構図のページもありましたね。

藤井 あえて背景を描かずこういう「白場(しろば)」(余白)を作ったのは、今回初めてじゃないですか。

junaida いつも描けるだけ描いちゃおうみたいな感じだから(笑)。

藤井 絵を描いていく順番は、物語の最初から時系列で描かれるんですか?

junaida いつもだいたいそうですね。でも今回はちょっと違ったかもしれない。街の人たちが巨人にお願いする、同じ色味のシーンが3場面くらいあるんですけど、そこは続けて描いたかも。絵の具皿に残っているうちに同じ絵の具で塗っとこうって。

物語を表現する造本
藤井 これは「束見本(つかみほん)」と呼ばれる、本の完成形をイメージするためのダミーです。真っ白な状態の、まだ何も印刷されてないもの。今回は表紙と中の本文用紙の組み合わせを変えて、何パターンかテストをしています。



祖父江 表1(表紙)は「継ぎ表紙」なのに、表4(裏表紙)が継ぎ表紙じゃない。伝統的な製本なんだかそうでないのかがわからない不思議な仕上がりになりましたね。

junaida 背から表紙にかけてクロス(布地)でくるんで、その上から表紙貼りした製本を「継ぎ表紙」というんです。そういうのって、だいたい表1も表4も途中にクロスと紙の切り替えがあるんですけど、『街どろぼう』はそうじゃないんですよね。

藤井 表4側がまるっとクロス装になっている。(束見本を手に)これが途中の段階の形ですが、このときは、いわゆるオーソドックスな継ぎ表紙で、背だけクロスで、表1と表4は両方紙が貼られている。最初これでテストしていたんですけど、確かjunaidaさんが「表4までぐるっとクロス巻きってできるんですか?」と、ぽろっとおっしゃって。

junaida はい、言っちゃったんです。途中段階で、技術的なこととか、予算的なこととかいろいろ駆け引きがあって、クロスにこれだけ予算をかけるんだったらどうこうみたいないろいろあった中で。

藤井 本文の紙にこだわる「中身豪華プラン」と、外側にこだわる「外側豪華プラン」と2つあったんですよね。両方叶えばいいんですけど、定価がすごいことになってしまうので……。

junaida いつも、どうにかそこを丁度いいところにしようと考えながらデザインを進めますよね。そんな中で、どうせクロスを使うんだったらもっといっぱい使いたいなって思っちゃったんですよね。それで、表4までやったらどうなのかなと思って、「できますか?」って聞いちゃったんですよね。

祖父江 そしたら、「できます」って言われちゃったんですね(笑)。だから表紙を見ると、一見普通の継ぎ表紙なのに、手に取ると、裏側には手にクロスの温かみがあって、どうなってるんだろう?って感じる。

junaida けれど何も貧乏性なだけで後ろ側まで全部クロスにしたいと思ったわけではないんですよね。いつも本の手触りはとても大事にしているんですけど、それが表と裏で違うと、すごく面白いなと。

藤井 右手と左手に伝わる触感が違うんですよね。

junaida この主人公の巨人の心持ちっていうのが、最初と最後で変わるんですね。紙の表紙もクロスの裏表紙も同じ紺色だけれども、物語の終わり側にあるクロスの方が、ちょっと手触りがあって、ぬくもり感がある。同じような夜の紺色も、巨人には最初と違って見えるかもしれない。感覚的にそういうことが表現できたらいいなと思いました。

祖父江 触感までもイメージしてたんですね!? それから、本を開いたとき、本文の前後にある色紙の部分を「見返し」というんですが、それもちょっと変わっていて。多くの場合は表1側の「前見返し」も、表4側の「後ろ見返し」も、どっちも同じ紙を使うんですが、これは後ろ見返しがないうえに、はじまりと終わりとで色が違っている。……なぜかというと?

junaida 見返しの色でも巨人の気持ちを表現したかったんです。最初、夜の紺色で始まって、途中いろんなことがあり、最後にはこういう気持ちの色になるんじゃないかなって、白色にしている。

藤井 ラストシーンがあって、その後は突然真っ白になってすぱって終わるんですよね。その清々しさもおもしろい。

青い本にしたかった
祖父江 表紙の紺色と、クロスの色の兼ね合いも苦労しましたね。

junaida 原画では、ちょっと夜の闇が濃い感じで、もっと濃い背景の色を塗っていました。一回その方向で印刷してもらったんですけど、もっとクロスの色と一体感が欲しくて、あえて背景色だけデジタルで色を変えてもらって、実際の印刷では原画と色をちょっと変えたんです。

藤井 「PP」といって、表紙に保護用のフィルムを貼ると色が全体にちょっと濃くなるんですよね。元のデータにそのままPPを貼ると、やや黒っぽく感じてしまうのをもう少し夜の青に近づけたいねっていう話で調整したと思います。

junaida “色を感じたい”と思ったんです。

藤井 ものとして見たときに黒い本じゃなくて、青い本の印象になるようにしたいって。

祖父江 青系の色って、小さな面積で見るのと大きな面積で見るのとで、だいぶ印象が違うんだよね。大きくなると結構、青を感じるんだけど、面積が狭くなってくると色が感じにくくなってくる。

junaida あれは目の錯覚なんですかね。不思議ですよね。


第2回につづく

2021.12.28

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