イベントレポート

junaidaさん×祖父江慎さん×藤井瑶さん『街どろぼう』刊行記念トーク 第2回

小さなコツコツ、書体について

junaida 文字は、今回どんな感じで選んだんですか?

藤井 junaidaさんの文字組みをするときは毎回、書体選びであれこれ悩みます。クラシックな落ち着きというか、いい意味での重たさみたいなのは欲しいんだけど、でも古い感じにはしたくなくて。

祖父江 重力を感じる文字になってるのは、実は微調整してるんですよ、こっそり。

藤井 個人的に最近、日本語書体を横組みしたときに、何となく全部、縦長に感じるんです。和文書体は縦組み、横組みどちらにも対応するように正方形の枠内におさまるようにつくられているものが多いんですけど、今回は微妙に、全体に96パーセントぐらい“平(ひら)をかける”ことで、文字を少しだけ平たくつぶしています。

祖父江 昔の絵本って、昭和30年ぐらいのブームとしては、写植が出たことによって文字に変形がかけられるというのが大人気で、『うさこちゃん』もそうなんですが、太めの明朝系アンティークに“平をかける”っていうのがすごい定番だったんですよ。そういう郷愁もちょっとありますよね。たぶん昔のかな文字は、デコボコしてたから、きれいに横のラインが揃うアルファベットへの憧れもあって、「横組み文字よ、線になれ~」って気持ちで平体をかけてたのかもしれませんね。昔のかな書体って、「る」とか「さ」はちょっと小さめとか、一文字ずつキャラクターによって大きさがバラバラだった。書道的に見れば字のサイズが違うのはむしろ自然なことだから、そろえようとしなくてもいいのにね。そういえば、この本文書体もこれも調整している?

藤井 本文のかな書体は、味岡伸太郎さんがつくられた「味明(あじみん)」を使っているんですけど、味明自体が、もともと文字によって平仮名の大きさが自由な、ばらばらの書体なんです。「る」だけ気持ち大きくしたり、ほんのちょっと調整してますが、基本的にはフォントのサイズ感そのままです。

祖父江 最近のフォントって、サイズ感を揃えよう揃えようとしてるけれども、味岡さんのは、もともとの文字の大きさを大事にしている書体だよね。

藤井 あと「し」を若干、時計回りに傾けてます……。

祖父江 「し」の字が傾いてるっていうのは、今の人から見ると傾いて見えるんですけれど、もともと文字って四角いマスの中心線ぐらいから書き出すというのが基本だったので、「し」を書くときに今みたいに端から書かなかったんです。だから活字もちょっと傾いてみえてるのが昔は普通だったんですよね。

junaida そんな狂気の設定が入っていたとは知らなかったです。でも、そういうのって文字のことを知らなくても、いい具合に懐かしかったり、どこか感じられるっていうのが面白いですね。

祖父江 絵が、ディテールに対して細かく描かれているのに合わせて、文字もほんのちょっとしたことにこだわってます。これ、漢字はなんだっけね。

藤井 漢字は「リュウミン」を組み合わせてます。

祖父江 リュウミンっていうと骨格が美しいけど、横ラインが細すぎるはずなのに、この本文、そんなに細くない! びっくり。

藤井 それもほんの少しフチをつけて文字を太らせてます(笑)。

祖父江 微妙なことやってますね、やっぱり(笑)。リュウミンにしては横が太いもんね。

藤井 あと、昼のシーンの黒い文字と、夜のシーンの白抜きの文字とで、微妙に縁の太さを調整してます。

祖父江 そっか。夜のシーンの白い文字が、気持ち太くつくってるんだっけ?

藤井 そうですね。白抜き文字の場合、まわりの印刷がズレると今度は文字が痩せてしまうので。ほんの少し。

祖父江 もうミクロの世界だね。

junaida こういう小さなコツコツがいっぱい実はあるんですよね、本の中には。

空気が動いているのも見える
祖父江 昼のシーンの白いバックも、一見、紙の色かと思ったら実はそうじゃないんですよね。真っ白に見えるけれども、ちょっと印刷しています。最小のイエローとかの網点が入っていて、ルーペで見ると発見できるかな。それから、夜のシーンのバックに感じられる空の奥ゆき! ぺたんってしてないんだよね~っ。

junaida これもいろいろやりましたね。

藤井 このときのjunaidaさんの話はすごく印象に残っています。このバックの空の色を塗ったときの筆の跡をなじませるかどうかについて、色校のときにご相談したんですよね。この夜のシーンは何回か繰り返されるんですけど、「だんだん後半に行くにつれて、大気の流れ、ちょっとオーロラにも見えるような縦の筋を出していい」っておっしゃったんですよね。「物語の中で日が違うから、最初の晩と次の晩、その次の晩と、その日ごとに夜の空気も違うはずで、だから夜のシーンの見え方を揃えなくていい」とおっしゃって。後半に行くにつれて、空の密度の違いがドラマチックに出てきて、巨人と一緒に空気が動いているのも見えるんですよね。

祖父江 後半の夜のシーンの製版、いい感じになりましたね。この家を持ち上げている巨人の後ろあたりに、蒸気も感じられる。赤ちゃんを見ると、湿度で、ストーブに手をあてたときみたいに蒸気が上がっているのがときどき分かる気がするんだけど、それに近い感じがする。

junaida 言ってしまえば、絵の具の塗りムラなんですよ。水彩絵の具で広い面を塗るのって、何度も塗りを繰り返して色を濃くしていくんですけど、均一に塗るのは結構難しくて、その行程でできた塗りムラなんですね。印刷上、ここをべたっとさせたり、それぞれの見開きの色をそろえることも可能なんですけど、月の出方も違うから空気も変わるだろうと、あえて残している。

祖父江 でも普通、この細かい家のバックの空を塗ると、家の輪郭を描くようにタッチが残ってしまいがちですよね。

junaida ゆっくりやると多分そうなっちゃうんですね。スピードでざっと塗って直前でよけるみたいな。

藤井 どきどきしませんか!?

junaida はみ出したってどうにかならあと思ってやっちゃうんです。ざざざざざって何度も繰り返し筆を動かしていると不思議なレイヤーができあがってきて、でもそれが全く自分でコントロールできない偶然の産物だっていうのは僕はあまり好きではないから、滲みとかもここにこういうのが欲しいからと、あるていどコントロールできるように描いています。

巨人の顔
祖父江 この巨人は、最初からしっぽって生えてましたか? 一番最初の案のときは、しっぽがなかったような気が。

junaida さっきの話に出てきた子に送ったときは、まだもうちょっと人のような形をしてました。多分、その間に『怪物園』を描いたことで、僕の中の何かが変わって今の形になったのかもしれないです。巨人の顔も、すごく悩みました。

祖父江 最初のラフは、完成形よりも表情がわかりやすくなってたんですね。

junaida そう。でもこれだと違うなと思ったんですよね。

藤井 人間に近すぎたんですかね。

junaida 何を考えているんだか分からないんだけども、でもそこに感情がないわけではなくて、ちゃんと感情が伝わるみたいな目にできないかなって思って。目っていうのはすごく雄弁だから、言葉とか物語とかじゃない所で読者に訴えるものができないかなと、いろいろやっていたら、「この目かな」っていうのが出てきたんですけど。


祖父江 いい者なのか悪者なのか分からないような顔ですよね。

junaida 最初から最後まで、全然巨人の表情が変わらないというふうに思う人もいるかもしれないし、同じ表情のようでいて、最初と最後で全然違うねって思う人もいるかもしれない。そういう顔にしたかったんです。

藤井 だんだんこの巨人のサイズ感が変わっていくのも面白いですよね。

junaida どんどん肩身が狭くなって、巨人なのに縮んでいってみえる。でも、こう自分の絵を見ていると、すごく懐かしい気がしてきます。出たのは今年の7月ですが、もっと前みたいな気持ちになります。

藤井 やっぱり本になって完成すると、作品との距離感って少し変わりませんか? 長い時間かけて関わって、向き合ってきたものが、自分の手を離れて「もの」として歩いていく感覚というか。

junaida 生まれちゃったという感じがしますよね。頭の中とか心の中とか、形がない状態のときってどんなふうにでもなるじゃないですか。それが形を与えたことでどっかに行ってしまう。それがいつもすごく不思議だなと思います。
 

第3回につづく

2021.12.29

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