あのねエッセイ

特別エッセイ| 轟志津香さん「遠い国からきたクロ」~『人とくらしたワニ カイマンのクロ』刊行によせて~

みなさんはカイマンを知っていますか? ワニの一種です。ワニにはいろいろな種類がありますが、主に中南米に生息していているクロカイマンは、体長4,5メートルにもなるそうです。
2月の新刊『人とくらしたワニ カイマンのクロ』は、そんなカイマンと人間との友情を描いた実話です。
このたび、刊行を記念して、訳者の轟志津香さんにエッセイをよせていただきました。作品との出会いからはじまり、舞台になったベネズエラのお国事情、公教育の問題に至るまで、日本では想像できない地球の裏側の様子が綴られています。どうぞご一読ください。
エッセイは、轟さんのご厚意で、ベネズエラの公用語スペイン語にも訳していただきました。より多くの方々に作品が生まれていった背景をお伝えできればと思います。

遠い国からきたクロ

轟 志津香

わあ、なんて素敵な絵本!
あふれんばかりの緑の葉にかこまれて、赤と白のタイルのうえで幸せそうにねそべる1匹のワニ──。
わたしの目は、その表紙にすーっとすいこまれていきました。
この扉のむこうに、どんなお話がまっているんだろう。
これが『カイマンのクロ』との出会いでした。
物語の舞台は、ベネズエラのサン・フェルナンド・デ・アプレという川沿いの町。みなしごカイマン(アリゲーター科のワニ)のクロと、クロを引き取った宝石商ファオロの、つつましくも、心豊かな日々がつづられます。
絵本を読んだわたしは、大きな衝撃を受けました。なぜって、この物語が実話だったからです。巻末には、主人公ファオロの紹介文と写真まで掲載されていました。
クロもファオロも実在していたと知り、わたしはますますこの絵本が好きになりました。カイマンと人間がこれほど相手を大切に思い、心を通わせることができるなんて。
日本のみなさんにもこの物語を知ってもらいたい、と強く思いました。
もちろん、『カイマンのクロ』の魅力はストーリーだけではありません。横長の判型を存分にいかした、あざやかなイラストもじつにみごと。とくに、動物たちのかわいらしさといったら! ぜひ絵本を手に取って、すみずみまで味わってみてください。日本では動物園でしかお目にかかれないような動物が、ファオロの家のなかをうろうろしていますよ。

さて、ここですこし別の話題を。
この絵本を訳したことがきっかけで知った、ベネズエラのお国事情をご紹介したいと思います。
じつは、クロの物語の裏側には、もうひとつの物語が隠されています。クロがみなしごになってしまったわけを紐解いていくと、裏のストーリーが見えてきます。
1930年代前半、ベネズエラとコロンビアではカイマンの狩猟がさかんに行われていました。当時、カイマンの皮は宝飾品として人気が高かったからです。サン・フェルナンド・デ・アプレでは、毎日3,000から4,000枚の皮が取引されていたといわれています。クロもこの時代にみなしごになったのかもしれません。乱獲の影響でカイマンは絶滅の危機にさらされましたが、ベネズエラでは1979年以降、保護されています。

つづいて、出版事情について。
ベネズエラでは、ここ6年ほどは紙が不足していて本をつくるのが難しい状況だそうです。国内の書店に流通している数少ないベネズエラの児童書は、国外で活動するベネズエラの出版社などから輸入されているとのこと。
読者である子どもたちの状況も知りたいと思い、ベネズエラの編集者に質問してみました。すると、驚きの答えが返ってきました。2020-2021年度の公教育の退学率は23.7% にものぼるというのです。コロナでリモート授業になったことも大きかったようですが、そもそもベネズエラの公教育はこの10年間で悪化しており、読書の時間どころか、学校運営そのものがあやうい状況だそうです。
日本にいるわたしたちが『カイマンのクロ』のような、すばらしいベネズエラの絵本を読むことができる一方で、ベネズエラの子どもたちは、学校に行くのもままならないという厳しい現実。
翻訳作業を通じて、わたしは思いがけずクロからたくさんのことを教えてもらいました。
『カイマンのクロ』を読んでくださるかたの心にも、クロがなにかをもたらしてくれたら、とてもうれしく思います。
みなさん、遠く離れたベネズエラからはるばる日本にやってきたクロをどうぞよろしくお願いします。

轟 志津香(とどろきしずか)
スペイン語翻訳者。慶應義塾大学卒業後、スペインのグラナダ大学で美術史を学ぶ。訳書に『世界をかえた15のたべもの』(大月書店)、『灰色の服のおじさん』(小学館)、『3つの鍵の扉』(晶文社)など。児童書を中心にさまざまなジャンルの翻訳を手がける。息子たちが小さかったころ、毎週のように動物園に通い、両生爬虫類館でクロによく似たワニを間近で見て過ごす。動物園通いを終えたいまは、クロの生まれ故郷のベネズエラや中南米の国ぐにを訪れて、人びとの暮らしぶりを肌で感じ、おいしいものを食べまくるのが夢。


Negro de una tierra lejana
Shizuka Todoroki


¡Qué libro tan bonito!
Una caimana descansa felizmente sobre una baldosa roja y blanca, rodeada de un desbordamiento de hojas verdes.
Mis ojos fueron arrastrados por la portada.
Este fue mi primer encuentro con el "La Caimana".
La historia se desarrolla en la ciudad ribereña de San Fernando de Apure, Venezuela. Cuenta la historia de Negro, una cría huérfana de caimán, y de Faoro, un joyero que la ha acogido.
Para mi sorpresa, esta historia es una historia real, e incluso hay una introducción y una foto del protagonista, Faoro, al final del libro.
No es sólo la historia lo que hace atractivo este libro, sino también las vívidas ilustraciones, que aprovechan al máximo el formato horizontal. Los animales son especialmente bonitos. Espero que cojan este libro y lo disfruten.
De hecho, hay otra historia detrás de la historia de Negro.
A principios de la década de 1930, el caimán era un animal de caza popular en Venezuela y Colombia. Porque en aquella época, las pieles de caimán eran muy apreciadas. Se dice que en San Fernando de Apure se comercializaban entre 3.000 y 4.000 pieles diarias. Negro también puede haber quedado huérfana durante este período. La sobrecaza amenazó con la extinción del caimán, pero desde 1979 está protegido en Venezuela.
A través de la traducción llegué a conocer este hecho.
Señoras y señores, den la bienvenida a Negro, que ha venido desde la lejana Venezuela a Japón.

2022.02.09

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