こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ

ぐるんぱのようちえんが生まれた日/西内ミナミさんインタビュー

月刊絵本「こどものとも」は、2022年11月号で800号を迎えました。これを記念して、今年度、本誌の折り込み付録では、過去の記事から、数々のロングセラー絵本の「誕生のひみつ」について、作者の方たちが語ったインタビュー記事を再録してお届けしています。

ふくふく本棚でも、毎月「こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ」と題して、折り込み付録掲載のインタビュー記事を公開しております。第11回は、「ぐるんぱのようちえんが生まれた日」。文章を書かれた西内ミナミさんのインタビューを「こどものとも年中向き」2002年7月号折り込み付録から再録してお届けいたします。

「とてつもなくおもしろくて、破格なお話を書きたいな、と思ったら、このぞうのお話になったんです」

――この絵本を書かれたきっかけについて、お聞きしました。

「その頃、私は大きなおなかをかかえながら、博報堂という会社でコピーライターをしていたんです。当時は『女は結婚したら仕事をやめる。子どもができたらなおさらやめる』という時代でしたから、不安定だったんですね。それでも、何とかがんばって仕事を続けたくて雑誌を見ていたら、『コピーライター募集』という広告が載っていて。それがなんと『家から5分のところに会社があるじゃない!』というので、博報堂は産休をとりまして、それまでやってた仕事をスクラップにペタペタ貼って、それをかかえて、8ヵ月のおなかとともに、アド・センターという会社を訪ねたんです。そこでは堀内さん(注:『ぐるんぱのようちえん』の絵を担当された、堀内誠一さん〔1932~1987〕。グラフィックデザイナーとして「アンアン」をはじめとするファッション雑誌・カメラ雑誌などの編集美術を多く手がけ、イラストレーターとして絵本その他の児童書に活躍。絵本に『たろうのおでかけ』『こすずめのぼうけん』など)がアートディレクターをなさっていて、堀内さんがだまーって私の作品見て、『明日から来て、コピー書けば』と。そういう言い方なさるんです、堀内さんて。

それで博報堂は産休のまま、次の日からアド・センターの机に向かって、デパートの広告を書いていたんです。そうするとね、原稿用紙が日ごとに遠くなるんです。おなかが出てくるから(笑)。『来週予定日ですから、誰か代わりの人頼んでください』と言って、休みにした翌日にちゃんと産まれたんです。

その前後ですね、堀内さんが『「こどものとも」からまた絵本描けって言われてるんだけども、何かお話書いてみない』と、いきなりおっしゃるんですね。そして、その時掘内さんが、付け加えて言ったのが『近ごろは、作者がだれだれ・絵がだれだれっていう絵本が流行っているみたいだから』ということで、わたしが『大学時代に児童文学をやってました』と、いうのを見たわけもなしで。

私は、絵本など知らなかった世代なんですけど、ぞうの中でもさらに大きいぞうのお話を書こうと思って、一気に一晩で書いてしまったんです。『ぐるんぱ』という名前も、いろいろな幼稚園で『どうしてぐるんぱっていう名前にしたんですか?』と聞かれるんですが、それも全く自分では答えがなくて、『ぐるんぱ』とその時出てきた、という以外にないんですね。コピーライターだったから、いろいろなものにネーミングしなくてはならない仕事がしょっちゅう来るから、頭の中がそういうふうになっていたのかもしれないんですけど。

まだお母さんになりたて、ぐらいの時だったから、子どものためにとか、子どもにわかりやすくとか、そんなこと、いっさいこの本にはないんです。それでずっと後になってこの本をふりかえると、自分史、転職した自分なんですね。当時、一回目の転職をして、『会社変わって、いったい自分は何になるんだろう?』と。会社を変わるということは、当時、すごくいいかげんな人、と思われてましたから。40年近く前のことです(注:2002年当時)。『この先、自分は子どもをかかえながら……』『コピーライターという職業が自分に合っているのか……』ということが、当時は何にも意識してなかったんですけど、今読み返すと、その時の26歳の私が、悩んでいたのがわかる。その悩んでいたことが、ぞうが職業を変えていっちゃう、ということになって。でも性格的に未来は明るく考える方ですから、『まあ、一生懸命やれば何とかなるだろう』となってハッピーエンドになってしまった」

「ぐるんぱはいろいろな所を転々として、結局は不器用なんですけど、その不器用なのも、私が入社した頃の博報堂というのは、クリエーターの部はみんな闘志むき出しで、私はその競争についていけなくて、すごく息苦しかった、ということがあって。


だからたまたま、26歳の時の私の悩みごとと、絵本の読者である3、4歳の子どもが、抱える気持ちとがぴたっと合って、そしてそれが絵の素晴らしさに支えられてできた絵本だと思います。堀内さんも、一気に絵を描き上げられたそうです。堀内さんには、『大きいぞうの中でさらに大きいぞうってのは、絵本の画面の中に入らない』と言われたんですよ」

――確かに表紙でも、ぐるんぱは画面に入りきってないですね。

「堀内さんの絵のすごいところって、これだけしか出てなくても、ぞうの鼻だってわかるところなんですね。そしてこのぐるんぱは、とても無垢な目で、じっとこっちを見てるんです。この絵本の中でいろいろなことが起こるにも関わらず、この顔はすごく無垢。何にも悩んでいないし、喜んでもいない。

私は当時何にも知らないで本になっちゃったんですけど、何年もかかって、改めて堀内さんの絵のすごさ、いろいろなことを発見し続けています」

――文章も歯切れがいいですね。

「コピーライターって、体言止めが好きなんです。それと、助詞を省くくせとか。『さーさんところ』となって、『の』が入らない。3年前にこの本の文章を見直す機会があり、もう絶対これは2度と書けない、と思いました。文を読む呼吸として微妙なところに点があったりして、我ながらちょっとびっくりしました。今はこういう文章は書けないですね。その時発見したのが、ひらがなの心地よさ。普通、今だったら、『びすけっとやのびーさん』はカタカナで『ビーさん』なんですけど、それを実際に書いてみたら、全然かたくって。『びすけっと』もね、今だったらきっとカタカナ表記になるでしょうけど、この本でカタカナにしてみたら、ゴチゴチしてよくないんです。改めて、ひらがなの心地よさを感じました」

――12人の子どもの登場は大きな転換の場面ですね。

「私の父が、13人兄弟だったんです。私が、自分がひとりめの子どもを産んだばかりだったから、『青森のおばあちゃんは、13人も産んで、どんなにたいへんだっただろう』と思って。たぶん、『お母さんになるのってすごくたいへん』という思いが、こういう形で出て来ちゃったんだと思います。作品て、そうやって潜在意識が出てくるものだと思うんですね。だから、後で気がつくことになるんですけど。書く時は意図していないことって、すごく多いですよね。この作品に限らず、『あ、30代の頃は、こんなこと考えてたのか』と、作品になって10年以上たつと、謎解きできる。

だから、基本的にはいつもいつも自画像ばかり書いちゃいます。それはたぶん、私だけじゃなくて、物語

の本というのはある程度、作者の自画像になってしまうものなのかな、と思うんです」

*次回は「ごろごろにゃーんが生まれた日/長新太さんインタビュー」。
 1月10日頃公開予定です。どうぞお楽しみに。

こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ
第10回「ちいさなねこが生まれた日/石井桃子さん・横内襄さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第9回「めっきらもっきら どおん どんが生まれた日/長谷川摂子さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第8回「ぞうくんのさんぽが生まれた日/なかのひろたかさんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第7回「しょうぼうじどうしゃ じぷたが生まれた日②/山本忠敬さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
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第4回「いそがしいよるが生まれた日/さとうわきこさんインタビュー」はこちらからどうぞ!
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2022.12.12

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