こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ

はじめてのおつかいが生まれた日/筒井頼子さんインタビュー

月刊絵本「こどものとも」は、2022年11月号で800号を迎えました。これを記念して、今年度、本誌の折り込み付録では、過去の記事から、数々のロングセラー絵本の「誕生のひみつ」について、作者の方たちが語ったインタビュー記事を再録してお届けしています。

ふくふく本棚でも、毎月「こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ」と題して、折り込み付録掲載のインタビュー記事を公開しております。第13回は、「はじめてのおつかいが生まれた日」。文章を書かれた筒井頼子さんのインタビューを「こどものとも年中向き」2001年4月号折り込み付録から再録してお届けいたします。

「自分の言いたかった言葉を言えなかった記憶が、お話の核になっているんです」

ー―どんな発想からこのお話ができたのか、という質問へのお答えです。

「3歳になったばかりの記憶で、私はおばにおんぶされているんです。母は出かけて、なかなか帰ってこない。まだ赤ん坊の妹が泣き喚(わめ)いていて、おばが『こんなに小さい子を預けて』と、ひどく怒って、まわりの人たちに『まったく』という感じでこぼしている。私はゆるくおんぶされていて、ずるずる下に落ちていく。おんぶし直して欲しくて、おばにそう伝えたいのだけれど、ますます母の立場が悪くなるのではと思い、言葉がのど元まできてるのに、のみこんでしまう。

その記憶が、たぶん、最初のきっかけです」

――意外です。やはりおつかいの体験が基になっているのかと……。

「それは確かにそうなんです。自分の子どもを育てるようになって、娘も、どちらかといえば内気な子どもで。大家族で、大勢の大人の関心がみんな娘に集まって、家にこもっていた。それである時、意を決して娘に『ミルク買ってきて』とおつかいを頼んだんです。

親と手をつながないで外に出る、ということが初めての状態の中で、大丈夫だろうかと、私の方もすごく胸がどきどきして(笑)。こっそり後をついていったんですよ。そうしたら娘は、お店には行ったんですけど、はっきり声がけできないまま、いつまでたってもずーっと立ってるんです。その時間が長くなるにつれて、何だかこっちの方が泣きたいような感じになって。そばに行って、『おばちゃん、いないの?』って聞いたら、パッと私のこと見上げて、うつむいて、『うん』とか言ってるんです。

お店の前での娘の動揺、痛いほどわかったんですね。私自身にも記憶があって。小学4年生の時、忙しかった母が『今日のお弁当はパン』と、私に、学校の前の店でパンを買って、1年生の妹にも届けるように言ったんです。

お昼時、お店の前には、みんなが群がっていた。『ちょうだい、ちょうだい』と、競争でおばさんに言って。でも私はその『ちょうだい』が言えなかった。

みんなの後ろで右往左往して、気がついてくれたら言おう、と思ってるうちに、後から来た子に次々割り込まれて、最後になってしまったんです。やっとのことで妹にパンを届けると、妹は机でうつむいて、涙ポロポロこぼしているんですよね。他のみんなはもう食べ始めていて。その時の切ない思いが、ずっと記憶の中に残っていたのだと思うんです。それが、お店の前でもじもじしている娘の姿に重なってしまって。そういう思いがあるので、子どもの困っている表情などを、ゲーム感覚で笑ったりする大人もいることは、やりきれないですね。

このお話は、自分の記憶が、娘のおつかいのシーンとぶつかって生まれました。お話はどれも、そのように外側に見えるひとつの風景と、自分がずっと抱えていた内側の風景とが重なった時に生まれてくるんじゃないかな、と思います」

――そうした経験を、どうしてお話に書こうと思われたのでしょうか?


「幼い時から、いつかお話を書きたいと思っていたんです。疎開した秋田の小さな村で、よく昔話を聞かされて育ちました。いつもは怒っていたり、切なそうな顔をしている大人たちの、子どもに向かって昔話を語る時の、一瞬のなごんだ表情や声の調子、それがとっても素敵で、自分にとって幸せの種だった。

その村から埼玉の上尾に引っ越したのですが、林の中の一軒家で最初の1年間は電気もなくて(笑)。友だちもいなくて、林の中でひとりでよく遊んでいました。

小学校の図書室が充実していて、よく借りて読んだのですが、5年生の時に借りた『愛の妖精』(ジョルジュ・サンド作)が、ものすごい衝撃だった。ひねくれた、わけのわからない女の子とされている主人公の気持ちが、すごくよくわかって、『これは自分だわ』と思った。そう思えた本は初めてで、くり返し読みました。そしてその時、いつか自分も誰かが、『ここに私がいる』と思ってくれるようなお話を書いてみたい、と思ったんです。

自分に子どもができて、本屋さんで出会ったのが「こどものとも傑作集」(注:現在の「こどものとも絵本」のこと)でした。音の響きのおもしろさに惹かれて『ぐりとぐら』を買った時に、やっぱり『ここに私がいる』と思った。秋田の山の風景や、上尾の林で遊んだ様々な空想ごっこ、その中で一緒にいた動物たち、その世界がそこにあったんです。『ここに私がいるじゃない!』って(笑)。

さっそく買って子どもたちにも読んだら、みんながとりこ。だから、一番下の娘がまだ小さい時に、『ぐりとぐら』を踏みつけているのを見た時は、ショックでした。でも、怒ろうと近づいて、わかったんです。娘は、ぐりとぐらが動物たちと大きなカステラを食べている場面を、陶然(とう ぜん)として踏んでいました。あの場面の中に、入っていきたかったんですね。それが伝わってきたものですから、娘と絵の中の大きなカステラを分けて、うそっこに、一緒に食べたんです。

絵本て何て大きな力を持っているんだろう、自分だって『いつか……』と思ったこともあったんだから、今、書いてみたっていいんじゃないか。そう思ってお話をいくつか書いて、福音館書店に送ったんです。

『はじめてのおつかい』の文章は、最初はもっと長くて、例えば、黒い猫が、文章にも登場していました。でも、林明子さんの絵の下描きを見た編集の方から、『絵の中でこれだけ活躍している猫が、文章にも書かれていると強くなりすぎるのでは? けずっては?』と言われました。私は、子どもの時、一緒に暮らした猫がどれも黒猫だったりして、『文章の中にもいた方が絶対素敵だ』と思ったんです。でも、下描きを見ながらくり返し読んでいるうちに、とった方が女の子の気持ちがまっすぐに見えてくる、と思うようになって。

文章でけずった言葉が、空気になって風になって、黒い猫になって、絵の中でうごめいていく。林さんの絵の力で、そう感じさせてもらえたために、黒い猫にはさよならしてもいいわ、と思えました。言葉をけずるのは、ある部分の自分をけずるということ。その後の絵本でも、いろいろなところでいろいろなものをけ

ずっていきました。それは、林さんへの絶対的な信頼感で、そうすることができたんです」

*次回は「だいくとおにろくが生まれた日/松居直さんインタビュー」。
 3月10日頃公開予定です。どうぞお楽しみに。

こどものとも800号記念・絵本誕生のひみつ
第12回「ごろごろにゃーんが生まれた日/長新太さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第11回「ぐるんぱのようちえんが生まれた日/西内ミナミさんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第10回「ちいさなねこが生まれた日/石井桃子さん・横内襄さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
第9回「めっきらもっきら どおん どんが生まれた日/長谷川摂子さんインタビュー」はこちらからどうぞ!
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第4回「いそがしいよるが生まれた日/さとうわきこさんインタビュー」はこちらからどうぞ!
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2023.02.10

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