日々の絵本と読みもの

目の見えない人と見える人が一緒に楽しめる絵本『てんじつき さわるえほん ぐりとぐら』

『てんじつき さわるえほん ぐりとぐら』は、2013年、『ぐりとぐら』誕生50周年記念として刊行されました。目の見えない人と見える人が一緒に楽しめる絵本として、全国の図書館をはじめ、学校や園、家庭などで読まれてきました。
刊行から10年、『ぐりとぐら』60周年を迎えた今年、絵本の制作時にお世話になった神奈川県横浜市立盲特別支援学校に伺いました。学校の図書館司書、野口豊子先生にご案内いただき、『てんじつき さわるえほん ぐりとぐら』を二人の子どもたちと一緒に読ませてもらいました。


「かすてら、ふんわりしてるね」

最初に一緒に読んでくれたのは、小学部に通う高学年のAさん。
算数の授業では、視覚障がい者用のそろばんを使って、小数と分数の掛け算を勉強しています。
「てんじつき さわるえほん」には、目が見えない人も見える人も一緒に楽しめるように、もとの絵本と同じ絵の上に点字と触図が描かれています。触図とは、透明な樹脂インクで盛り上げて描いた絵のことをいいます。目が見えない人でも触って形がわかり、絵を楽しむことができるように工夫しています。

「てんじつき さわるえほん」を読むのは初めてのAさん。1ページ、また1ページと読み進め、ぐりとぐらが森で大きな卵を見つける場面では、手のひらを広げて、透明な卵の絵(触図)を触りました。「つるつるしてる」「大きいね」と、卵の感触や大きさを感じているようでした。

1場面1場面、Aさんは気づいたことをいろいろ話してくれます。卵を割ろうとするところでは、「痛いくらい殻がかたいんだね」「ねずみが立ってるんだ」「小さなねずみだから卵も大きいんだね」など、両手で絵をなぞりながら、じっくり読んでいきます。

かすてらを焼くいい匂いに誘われて、森の動物たちが集まってくる場面では、ページの端を触り、「ゾウがいるね」とさっと気づき、「シカもまってる」と言います。他にも、ワニやカニがいることを伝えると、「ほんとだ。ちっちゃいカニがいる」とやさしくカニの絵を触って確かめます。

フライパンのふたが開いて黄色いかすてらが登場する場面で、かすてらがふわふわしてるのわかる? と聞くと、Aさんは両手で触って、「うん。かすてら、ふんわりしてるね」と答えてくれました。

通常版の『ぐりとぐら』は、みんなで美味しいかすてらを食べた後、お話はこんな言葉で締めくくられます。「さあ、この からで、ぐりと ぐらは なにを つくったと おもいますか?」。この問いかけに応えるように、ページをめくると、ぐりとぐらが卵の殻で作った車に乗っている絵が描かれます。
この場面、「てんじつき さわるえほん」では、通常版には書かれていない「たまごの からで つくった くるま」という言葉を点字で補っています。目の見えない人にとって、触図の絵だけではわかりにくいため、作者の中川李枝子さんと山脇百合子さんとも相談して入れたのです。「見えない子どもたちが判別しにくいだろうと感じるところは、わかりやすく伝わるように、点字や触図の追加を考えてもらったんですよ」と、この絵本の制作過程で相談にのってもらった野口先生が話してくれました。

車の形について、卵の殻に車輪がついていて、ぐりとぐらが乗っているんだよ、と伝えると、「ほんとだ」と言って丸い車輪をなでて確かめたあと、「つながってるんだね」と、卵の殻の車がふたつあることに気づいて教えてくれました。

読み終わったあと、感想を聞いてみると、「卵は大きくてつるつるしてた」「フライパンはざらざらしていた」と、ちょっとした触り心地の違いもちゃんと感じ取ってくれていました。

森じゅうの動物たちが、できたてのかすてらを分け合って一緒に食べるところは、『ぐりとぐら』のお話のなかで、いちばん幸せな気持ちになる場面です。その場面を、こんな生き物がいるよと言いながら、Aさんと一緒に楽しむことができたことは、何よりもうれしい体験でした。


「ぐりっ! ぐらっ!」「ぐりっ! ぐらっ!」

次に一緒に読んでくれたのは、小学部中学年のBさんです。
まず、表紙の点字をひとつひとつ触りながら、「ぐ、り、と、ぐ、ら」「な、か、が、わ、り、え、こ」と、一文字ずつ声に出して読んでくれました。点字は、縦3点、横2点の6点からなる表音文字です。Bさんは、ちょうど学校で点字を読む練習をしています。右手のひとさし指に神経を集中させ、小さな点の凹凸を感じ取って、ひらがなを一音ずつ発音して読んでいきます。
マ行は少し苦手なようでちょっと考えながら、でも、しっかり大きな声で読みます。

Bさんは、「おりょ、う、り、す、る、こ、と、た、べ、る、こ、と……」と言ったあと、とても上手に「ぐりっ! ぐらっ!」「ぐりっ! ぐらっ!」と歌うように読んでくれました。作者の中川さんのリズミカルな言葉に、思わず節がついてしまったのかもしれません。その弾けるような軽やかな声がとても心に残りました。


触って感じ取る力を大切にしたい

横浜市立盲特別支援学校には、0歳の子どもから大人まで視覚に障がいがある方が通っています。
同校で保健理療科の生徒たちの指導にあたっている栗山龍太先生は、ご自身が見えない立場で、晴眼者のお子さんと一緒に『てんじつき さわるえほん ぐりとぐら』を楽しんだ体験をお持ちです。栗山先生は、11歳のときに病気で全盲となりました。「ぼくが、盲学校で最初に教えられたのは、ものを触るときには、まず両手で触るということ。そして、全体像を把握してから細部を確認していく、ということでした。そうやって、ものを認識していく力を身につけてきました。触って感じ取る力がものの認識には大切なのです」。

野口先生に点字絵本についてのお話も伺いました。
「この学校に通っているお子さんは、多少視力がある場合もありますが、その見え方は子どもたちそれぞれに違いがあります。そのため、ただ絵本に点字のついたシートを貼るだけではなく、その子が読みやすい本に作り直すようにしています。視力が少しあるようであれば、絵の上に載って読みづらい文章を切り取り、文字を拡大したり、要約したりして別のスペースに載せるなど、なるべく元の本に近い形で読める工夫をしています」。

そうやって、一冊の本を自分で読む体験をすることが子どもにとって大きな成長につながる、という信念を持って、取り組まれているのだと感じました。
他にも、学校の行事でみかん狩りに行くので、その前に楽しめるような教材がほしい、子どもたちに人気の乗りもの図鑑を読みやすいものにしてほしい、などさまざまなリクエストがあり、そのつど、それぞれの子どもたちに合う形で提供しているそうです。

白い紙に凹凸だけで絵と点字をつけた絵本から、透明な塩化ビニールシートを使って絵や点字を貼りつける点訳絵本、文字を大きくする拡大写本絵本など、いろいろな形の絵本があるなかで、目を引いたのは、布や皮や樹脂などの素材を使って手作りされた「さわって読む絵本」でした。

「いまは、オーディオブックなど、耳から聞いたり多様な形で本を楽しむことができるようになりました。でも、小さいときから直に触ることで読み取る力を養っていくことはとても大切で、特に絵や図を触って読み解く触図読解能力は実際に何度も触って慣れていかないとなかなか伸びません。そういう意味でも、本を通して触れる機会を作ることはとても大事だと思っています」。
そう言って見せてくれたのは、なかのひろたかさんの絵本を元にオリジナルで作られた「さわって読む絵本」の『ぞうくんのさんぽ』です。

わに、かば、かめ、ぞう、それぞれ触り心地が違い、どんな動物なのかイメージするのを助けてくれます。ボランティアの方々が協力して、たくさんのロングセラー作品がオリジナルの「さわって読む絵本」として手作りされてきたそうです。

ただ、野口先生は、こうもおっしゃいます。「見えない人のために、手作りの本を作ることはできるのですが、それはたった1冊でしかありません。だれでも買えば手に入れられる"出版された本"があるということは、また違う意味で大切なのです。みんなが知っている絵本が点字つきの絵本として出版されていれば、多くの子どもたちに読んでもらうことができますし、そういった本のおかげで読書ができる人たちがいることも認知してもらえる。こうしたことが、見える人が見えない人のことを理解するきっかけになれば、という願いを持っています」。

「てんじつき さわるえほん」は、見えない人のためだけにあるのではなく、見える人にとっても気づかせてくれることがある。今回の学校訪問をとおして、出版社が担う使命とは何かを、あらためて考えるきっかけを与えてもらったように感じました。

2023.11.01

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