今月の新刊エッセイ|井上雅彦さん『こわい話の時間です 部分地獄/六年一組の学級日誌』

6月の新刊『こわい話の時間です』は、ミステリー、SF、幻想、怪奇など様々なジャンルで活躍する作家たちによる、子どものための本格ホラーアンソロジーです。2冊同時刊行で、それぞれ9人の作家による全作書き下ろし、本物の「恐怖」の世界を存分に味わえる意欲作です。編者で、作者のおひとりでもある井上雅彦さんに本作に込めた思いを綴っていただきました。
夜の子どもたちへ
井上雅彦
子どもたちに「こわい話」をお届けするアンソロジーの企画を、編集の方からご相談いただいた時、私が真っ先に感じたのは「もしかしたら、これは、自分の運命だったのかもしれない」という不思議な感覚でした。少し大袈裟に聞こえるかもしれません。個人的なことをいえば、打合せに行った福音館書店さんが、私が通っていた幼稚園の近くにあったということもあるのですが、実はその時代から、私は「怖がる愉しみ」に気づきはじめていたようなのです。世代的にも、白黒のブラウン管テレビ(古い話でごめんなさい)に洋画劇場の吸血鬼や人狼、日本の怪談映画の幽霊たち、特撮の怪獣や妖怪などが溢れ出していた時代でした。実は怖い映像を見ながらも、少年マンガ誌の情報で、これらフィクションのメイキングまで知っていた子どもだったのですが……夜も更けて、消灯時間を過ぎると、本当に怖くなってくるのです。テレビに映るのは造り物でも、宵闇のなかには本物がいるのではないか……それも自分の寝ているすぐ傍に――という、半端ではない戦慄。そう。あの感覚こそ、本物の恐怖でした。いや、もっともっと幼い頃は、オトナには想像もつかないようなものが怖かった。早朝、遥か遠くから聞こえてくる電車の警笛が怖い。近所の帽子屋さんにある天使の石像が怖い。画報に載っていたニホンカモシカの写真が怖い。世界は怖いものだらけでした。でも……その感覚って、今考えると、実に興味深い。怖いと同時に強く惹きつけられてもいたのです。怖いと思いながら、この世界にこんなものがあるのだと、感動していたのです。
私は当時の自分を振り返って、この世界の未知を怖がりながらも感動し、その感情を愉しみながら、世界を理解していく幼少期を「夜の子ども」と名づけているのですが、私の中には、今でも「夜の子ども」がいるのです。
大人になって、私はホラー小説や幻想的なミステリー、奇想天外なSF小説を書くようになりました。これまで書いてきたのは大人に向けた物語なのですが、その原点は、私の中の「夜の子ども」が感じ取っていた未知なるものへの恐怖と感動です。怪獣や妖怪、幽霊などを怖がりながら、魅了され、夢中になり、とうとう、今の仕事にしてしまった。きっと、編集の方は、私の中にいる「夜の子ども」を、しっかりと見抜いておられたのでしょう。「恐怖」とは、子どもにとって世界に覚える「感動」の一種だということも。
『こわい話の時間です』を作るにあたって、私は多くの同業者――物語の創り手の方々に手紙を書きました。皆さん自分の中に「夜の子ども」をしっかりと抱えている、そんな作家ばかりを選びました。そして、この本には、子どもたちをしっかりと怖がらせる、なんとも素敵な「こわい話」ばかりが集まりました。ここには、さまざまな、あらゆる恐怖がそろっています。そうなのです。この本は「夜の子どもたち」のための贈りもの。そして「夜の子どもたち」は永遠なのです。
いのうえまさひこ●1960年東京都生まれ。83年「よけいなものが」で星新一ショートショートコンテスト優秀作を受賞しデビュー。自ら企画したオリジナル・アンソロジー《異形コレクション》の監修で、1998年に第19回日本SF大賞特別賞を受賞。おもな作品に、『夜の欧羅巴』、『夜会 吸血鬼作品集』などがある。
2025.06.04








