今月の新刊エッセイ|木原育子さん『一郎くんの写真―日章旗の持ち主をさがして―』

7月の新刊『一郎くんの写真―日章旗の持ち主をさがして―』は、中日新聞・東京新聞朝刊の連載記事「さまよう日章旗」(2014年8月15日~8月23日)をもとに、2019年「たくさんのふしぎ」9月号で刊行され、多くの反響をいただき、このたびハードカバーとなりました。戦後80年をむかえるいま、著者の木原育子さんに作品に込めた思いを寄せていただきました。
日章旗の持ち主を探して
木原育子
「戦争はだめだよ」。子どもたちにそう伝えることは、実は案外かなり難しい。否定しえない事実だが、なぜ駄目なのか、なぜそう言いきれるのか。突き詰めていくと、その言葉を越えた向こう側に伝えなければならない膨大な伏線があるからだ。
『一郎くんの写真―日章旗の持ち主をさがして―』は、その伏線を丹念に紡いだ物語ともいえる。アメリカで見つかった日章旗の持ち主を、記者が実際に探す過程そのものを描いたノンフィクションだ。取材班の一員として参加した中日新聞・東京新聞朝刊の連載記事「さまよう日章旗」(2014年8月15日~8月23日)を基に構成したが、大きく違う点は、持ち主の顔写真を突き止めるまでの道のりを伝えたことだ。日章旗に寄せ書きした人たちを尋ね歩きながら少しずつ手掛かりを得て、一緒に持ち主を探しているような臨場感を読者にも抱いてもらう。「謎解き」とまではいかないが、記者とともに同じ景色を見て真実性に迫っていけるように描いた。
必然的に登場人物も多い。そして、それぞれにドラマがある。
出征する弟のために寄せ書きを集めた姉の思い、描かれた般若心経の全文、「武運長久」の願いを込めた地域の人たち。日章旗の周囲にはその当時の戦時下の空気がいまだ残っていた。
人間の命が奪われていく理不尽さや悲しみだけではなく、戦争がもつ加害性についてもだ。ある男性は戦後、日章旗に寄せ書きしたことへの後悔とともに生きていた。わずかな差で生き永らえたという男性は、「(寄せ書きすることは)大事な友だちに向かって、国のために死ねと背中を押したんです」と涙を流して語ってくれた。
重層的に織りなすそれぞれの戦争。もちろん、無事の帰りを待ち続けた母の思いもある。見つけた写真の裏に書かれていた「たいせつ」の文字。どんな思いで、その平仮名の4文字を書いたのか。誰にも開けさせなかった仏壇の引き出しに眠っていた母親の思いに触れた時、ようやく一郎くんたちの戦争が終わったようにも感じることができた。
ひるがえって現代、ウクライナやガザなどで戦争が再び起き、今日も地球の片隅で世界の誰かが泣いている。この国も毎年、防衛費が過去最高額を記録し、離島を軍事化している。過去に目を閉じるものに未来はないということならば、改めてもう一度、過去の歴史を振り返る時が来ている。
冒頭の1文に戻る。「だめだ」と言い切らなければならない「戦争をする」というこの行動の主語は一体、誰なのだろうか。国民なのか。否。その主語は国だろうと思う。戦争中は個人がどれだけ「敵」とされる人たちの命を奪っても、殺人罪で裁かれることはない。国が、そうしていいと命じているからだ。
そんなことあっていいはずがない。「戦争はだめだよ」。その理由を確かなものにするために、この1冊が呼び水になってくれたらと思う。多くの人が考えるきっかけに、そのはじめの一歩になれたらうれしい。
きはらいくこ●1981年生まれ、愛知県一宮市出身。名古屋大学大学院国際言語文化研究科卒。学生時代にネパールやベトナムで国際ボランティアを経験し、視野を広げた。2007年に中日新聞社入社。2015年から東京新聞(中日新聞東京本社)社会部を経て、現・特別報道部。社会福祉士と精神保健福祉士の資格を取得し、司法福祉や精神医療、児童養護など福祉ジャーナリズムを中心に取材。アイヌ民族を巡る差別問題では、2023年のメディア・アンビシャス大賞を受賞。主な著書に「服罪―無期懲役判決を受けたある男の記録」(論創社)などがある。
2025.07.02







