子どもと絵本をめぐって

第5回 絵本を遊ぶ

ある幼稚園によばれて、3歳から5歳までの子どもたちに、絵本の読み聞かせをしたことがある。夏も近かったので、最後の絵本は、鮮やかな青が印象的な『ゆかいなかえる』にした。

水の中にあるゼリーのような卵からオタマジャクシが生まれ、やがて4匹のカエルになる。4匹はもぐったり、泳いだり、遊んだり、元気いっぱいだ。浮いている木の枝まで競争したり、カタツムリの隠しっこをしたり。サギが狙ってくると、ハスの葉のかげにさっと隠れる。「そっと でてきた ゆかいなかえる さぎを だませて よかったな」と、はずむような短い文は、ユーモラスなカエルの表情や動きにピッタリ。子どもたちも面白がって、人気のある一冊だ。だが、その日の子どもたちは、集中して聞いてはいたが、特に目立つ反応はなかった。


それから一週間ほどたって、園長先生から「ここ数日、とても面白いことがありました」と、お電話をいただいた。朝、子どもを園に送ってくるお母さんたちが、何人も同じことを尋ねるというのだ。
「子どもがお風呂に入ると、カエルになってバチャバチャするんですが、園で何かカエルに関することをされたんですか? うちでは心当たりがなくて」
先生が『ゆかいなかえる』のことを思い出して絵本を見せると、「そうです、そうです、こんなことをしてました!」と皆さん納得されたとのこと。

私は、ただ静かに聞いている子どもたちだと思っていたのだが、実はそうではなかった。それだけでは満足できず、家に帰って、お風呂で思う存分カエルになって遊び、絵本を味わい尽くしたのだ。

子どもの頃に「絵本のまねをした」「絵本を遊んだ」という話は、以前教えていた学生たちからもよく聞いた。面白い絵本に出会ったとき、自分でも同じようにやってみて、子どもの読書は完結するのかもしれない。

ある人は『てぶくろ』を読んでから、雪が降ると「動物が入りにくるかもしれない」と自分の手袋を雪の上においてきて、お母さんを困らせたとのこと。別の学生は、祖父母の家で、『おおきなかぶ』ごっこをしたという。おじいさん、おばあさん、きょうだい、いとこたちが並んで前の人の服を持ち、「うんとこしょ どっこいしょ」「まだ まだ かぶは ぬけません」と言い合って、長い間遊んだそうだ。

私も、子どもが小さい頃は、一緒に遊んだことがあった。よく覚えているのは『ひげのサムエルのおはなし』ごっこ。毛布にくるまった娘が「ねこまきだんご」にされたこねこのトムで、私が大ねずみのひげのサムエルになって、毛布の上からペタペタ叩くという単純な遊びだったが、「しっぽが つきでとる! おまえのとってきた ねり粉は たりんかった」と絵本の中のことばを言うだけで、娘はきゃあきゃあ笑って、うれしそうだった。

子どもが子どもとして絵本を楽しみ、絵本を遊ぶ時間は、瞬く間に過ぎ去っていく。子どもたちの「今、この時」を大切にしたいと、しみじみ思う。

紹介した本 
『ゆかいなかえる』ジュリエット・ケペシュ 文・絵 いしいももこ 訳
『てぶくろ』ウクライナ民話 エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 うちだ りさこ 訳
『おおきなかぶ』ロシアの昔話 A.トルストイ 再話 内田莉莎子 訳 佐藤忠良 画
『ひげのサムエルのおはなし』ビアトリクス・ポター 作・絵 いしいももこ 訳
(すべて福音館書店)

山口雅子 (やまぐち まさこ)
1946年神奈川県生まれ。上智大学外国語学部卒業。松岡享子主宰の家庭文庫で子どもの本にかかわる。東京子ども図書館設立と同時に、職員として参加。退職後は、子どもと本の橋渡し役として、絵本や語りの講座で講師を務める。著書に『絵本の記憶、子どもの気持ち』(福音館書店)がある。

2025.07.01

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