第9回 子どもになって絵本を見る?

子どもが子どもとして、純粋に絵本を楽しむ時間はどのくらいあるのだろう? 中学、高校と進むにつれて、絵本を見る目も大人になっていくようだ。
ある保育専門学校で教えていた時、私は授業で『ロッタちゃんとじてんしゃ』(偕成社)を取り上げた。ロッタちゃんは、自転車がほしくてたまらない女の子。5歳の誕生日に、期待していた自転車をもらえなかったロッタちゃんは、どうしても手に入れようと、お隣の家の物置から古い自転車を引っ張り出して……とあらすじを紹介すると、ある学生が「それって、いい絵本なんですか?」と、不服そうな顔で質問してきた。「自分はいい絵本とは思えない。ロッタちゃんはわがまますぎるし、周りの大人も甘すぎる。これでは子どもにいい影響を与えないと思う」というのだ。そこで、「今、あなたが子どもだったら、ロッタちゃんのことをわがままだって思う? ロッタちゃんの気持ちわかるとか、えっ、そんなことして大丈夫? とか思いながら聞くんじゃない?」などと尋ねると、その学生は少し黙ってから、「そうか、子どもはロッタちゃんはすごいなあなんて、憧れるのかもしれないな……子どもから見たら、いい絵本なのか?」と考え込んだ。
別の学生からも「実習で行った保育園で、自分はあまり面白くないと思った絵本を、子どもが喜んでいて、ビックリした」「大人と子どもでは、いいとか面白いとか思う絵本が違うこともあるのかな?」等々、活発な発言が続いて、面白い授業になった。
その時、「わがままな牛の絵本もあったけど、あれは子どもにとってどうなの?」と学生たちの間から出てきたのが『くいしんぼうの はなこさん』だ。
子牛のはなこは甘やかされて育ち、ごちそうばかり食べていたので、丸々と太って力も強い。山の放牧場でほかの子牛たちと闘って勝ったはなこは、女王になっていばり放題だ。お百姓が持ってきてくれたおいもとかぼちゃを独り占めにして、たらふく食べたはいいが、さあ、大変! 一晩で身体がアドバルーンのようにふくらんでしまった。
学生たちは、はなこのわがままぶりは子どものためにならないとか、口輪をはめられての療養は、おしおきみたいで嫌だとか思っていたらしい。しかし、私が読み聞かせをすると、明るい緑が印象的な絵を見ながらお話を聞いて、全体におおらかで、ユーモラスな絵本だと感じたようだ。では、子どもたちに読んだ時は? というと、太い注射針をさされるはなこを心配したり、もういばったり、食べすぎたりしないという反省にホッとしたりして聞いていた。
大人は絵本のテーマやメッセージ、お話の細部などが気になって、つい難しく考えてしまうことがある。そんな時は、誰かに絵本を読んでもらい、絵を見ながら「それからどうなるの?」と、子どものように、無心にお話を聞いてみてはどうだろう? それまでとは違う絵本の姿や、お話をまるごと楽しむ子どもの心の内が見えてくるかもしれない。
紹介した本
『ロッタちゃんとじてんしゃ』リンドグレーン 作/ヴィークランド 絵/山室 静 訳(偕成社)
『くいしんぼうの はなこさん』石井桃子 文/中谷千代子 絵(福音館書店)
山口雅子 やまぐち まさこ
1946年神奈川県生まれ。上智大学外国語学部卒業。松岡享子主宰の家庭文庫で子どもの本にかかわる。東京子ども図書館設立と同時に、職員として参加。退職後は、子どもと本の橋渡し役として、絵本や語りの講座で講師を務める。著書に『絵本の記憶、子どもの気持ち』(福音館書店)がある
2025.10.31






