今月の新刊エッセイ|大原悦子『カタッポ』

1月の新刊『カタッポ』は、「こどものとも」2014年1月号として刊行し、このたび待望のハードカバー化となりました。
片方だけ落とされた手袋“カタッポ”たちの心温まる物語を手がけたのは、本作で絵本作家デビューを果たした大原悦子さんです。
福音館書店・創立60周年の原稿募集をきっかけに生まれた『カタッポ』の誕生秘話とお話に込めた思いを寄せてもらいました。
「たまたま」のキセキ
大原悦子
『カタッポ』は、50歳を過ぎていたわたしが生まれて初めて書いた絵本のお話です。その誕生には、いくつもの偶然が重なっていました。
ふだんのわたしは、都内にある女子大学の「ライティングセンター」の教員です。学生さんの個別相談にのり、伝わりやすい文章を書くためのアドバイスをする仕事をしています。授業の課題レポートだけでなく、留学や奨学金の申請書や就職の志望理由書など、さまざまな文章の相談に応じています。
2011年秋のこと。「福音館志望」の就活生が、たまたま続けて相談にやってきました。福音館と聞いて、わたしも昔読んだ絵本をいろいろ思い出し、懐かしくなってホームページを開きました。これも「たまたま」です。すると「創立60周年記念 絵本にしたいお話原稿募集」のお知らせが目に入ったのです。そういえば幼稚園児の頃のわたしの夢は、絵本作家になることだった! 突然思い出して、ドキドキしました。
日ごろ、わたしは学生さんに「がんばって!」とか「大丈夫だよ」などと言って、背中を押してばかりいました。たまには、自分も何かにチャレンジしてみようかな……。子ども向けのお話など、書いた経験はありませんでしたが、このときはなぜか自然と「やってみよう」と思えたのです。
たまたま寒い時期でした。通勤の途中、駅の構内や道端に片方だけの手袋がよく落ちていたので、こうしたカタッポたちのお話を書こう、とすぐに決めました。ホームページを見た時期が違っていたなら、カタッポの物語は生まれていなかったでしょう。
たまたま大学も冬休みとなり、一気に書き上げました。翌年の春に「作品採用」のお知らせをいただくまで、自分のお話が福音館の本になるなんて夢にも思っていませんでした。人生何が起きるかわからない。一歩踏み出してみる勇気に「たまたま」が重なる軌跡が奇跡を生み、何歳になっても思いがけず夢がかなうことがあるよ~。学生さんたちにそう話しています。
『カタッポ』を書いた2011年は、東日本大震災が起きた年です。多くの方の大切な命や希望が奪われ、直接に被害を受けなかったわたしも、何もできない無力感や絶望感でうちひしがれていました。ノンフィクションの取材計画があったのですが、長い間、何かを「書く」ことが全くできませんでした。ところが、カタッポたちは勝手に動き出し、わたしにお話を連れてきてくれたのです。
お話のなかでは、無事に家に戻れたカタッポもいれば、別の場所で違う人生を歩むことになったカタッポもいます。最後のひとりとなったカタッポは、すっかり姿を変えてしまいます。でも、たとえどのような形になっても、魂は生き続け、つながっている。どこかで、必ず見守ってくれている仲間もいる。「あきらめちゃ だめ。ゆっくりでいいから、まえに すすもう!」。カタッポたちが発してくれたメッセージは、2011年のわたし自身が聴きたかった声なのかもしれません。
おおはらえつこ●1958年、東京都生まれ。1982年から99年まで朝日新聞社で記者として働き、その後フリーランスに。津田塾大学ライティングセンター客員教授。著書に『ローマの平日 イタリアの休日』(コモンズ)『フードバンクという挑戦-貧困と飽食のあいだで』(岩波現代文庫)、絵本に『はんぶんライオン』(「こどものとも」2024年3月号)『おやすみしりとり』(「同」2025年1月号)『ケロリンピック』『チリンでんしゃ』(以上、福音館書店)がある。埼玉県在住。
2026.01.07







