第11回 かけがえのない家族の時間

大学で教えていた頃、学生たちから、絵本にまつわる楽しい話をいくつも聞いた。ある人はレポートを書くために『たろうのおでかけ』を家に持ち帰ったところ、高校生の弟が「あー、たろうだ!」と目を輝かせて手に取り、中学生の妹も「これ、よくお母さんに読んでもらったよね」と、久しぶりにきょうだい3人で、話が弾んだという。
たろうは、友だちのイヌやネコと一緒に、仲よしのまみちゃんの誕生祝いに出かける。プレゼントはすみれの花と、お母さんの作ったアイスクリーム。みんなはうれしくて、道々、ふざけたり、走ったり、黄色の信号で渡ろうとしたり。そのたびに、おまわりさんや周りの大人に「だめ だめ だめ」と注意され……。明るい色彩の元気のよい絵と、リズミカルな文が一体となった、楽しさいっぱいの絵本だ。

この絵本について語ってくれた人は、母親を囲んで絵本を読んでもらっていた光景を思い出し、「何度も読んでもらってことばを覚えていたので、母が『だめ だめ だめ。そんなに はしると けがを するから』と読むと、みんなで声をそろえて『いそいでいるのに つまらない』と言ったりして、けっこう騒がしい絵本タイムでしたね」と、笑っていた。
別の学生の思い出はそれとは対照的で、「母が小さな小さな声で読むので、兄と二人、息をひそめて聞いていた」という絵本は『しずかなおはなし』。
真夜中の森を舞台に繰り広げられる、ハリネズミの親子と二匹のオオカミの攻防のドラマが、詩のような文で綴られている。グレー、ベージュ、淡いブルーといった地味な色使いの絵は、写実的でありながら、神秘的な感じも漂わせている。「ちいさな こえで よむ おはなし。そっと そっと そっと……」と始まるこの絵本を、お母さんはそのとおりに小さな声で読んでいたのだろう。この学生は「『今ここにオオカミが来ても、うちには入れない。大丈夫!』と思って、母にくっついて聞いていたような気がする」と語っていた。
家庭での読み聞かせは、絵本を読んでもらうだけでなく、親子、きょうだいが何にも邪魔されずに、ただただ安心して一緒にいられる貴重な時間でもあるのだ。だから大人になって思い出したときに、絵本の内容だけでなく、そのときの部屋の明るさや温かさ、読んでくれた人の声や身体の感触などが鮮明に甦って、幸せな気持ちになるのだろう。
こうして若い人たちから、さまざまな絵本の思い出を聞いていると、私は「子どもたちに、家庭で絵本を読んでやるっていいなあ」と、心から思う。何冊もの絵本を、日課のように几帳面に読むことはない。だが、一冊の絵本を開いたら、大人もその中で起こっていることに心を寄せ、驚いたり、笑ったりして、子どもと一緒にゆっくり楽しんでほしい。子どもにとって、お父さんやお母さんと共感することは大きな喜びであり、また、その愛情を直接感じることのできる、かけがえのないひと時なのだから。
●紹介した本
『たろうのおでかけ』 村山桂子 さく/堀内誠一 え
『しずかなおはなし』 サムイル・マルシャーク 文/ウラジミル・レーベデフ 絵/うちだ りさこ 訳
(ともに福音館書店)
プロフィール
山口雅子(やまぐち まさこ)
1946年神奈川県生まれ。上智大学外国語学部卒業。松岡享子主宰の家庭文庫で子どもの本にかかわる。東京子ども図書館設立と同時に、職員として参加。退職後は、子どもと本の橋渡し役として、絵本や語りの講座で講師を務める。著書に『絵本の記憶、子どもの気持ち』(福音館書店)がある。
2026.01.07






