えほんとこどもとわたし

第1回 めくるよろこび

物心つく前から、絵本がそばにありました。でも「これは、わたしのえほんだ」と意識したのは、幼稚園に入園し、「こどものとも」の4月号をもらったときだと思います。それが堀内誠一さん絵の『たろうのともだち』だったことは、いま手に取って見ても、幼い誇らしさが胸によみがえるようです。裏表紙の「なまえ」の欄に母が名前を書いてくれ、紛れもない「わたしのえほん」になりました。

それから毎月、幼稚園で「こどものとも」を受け取る日はドキドキしたものです。ひと目でうれしい本もあれば、今月は好みじゃないとがっかりすることもあり、一喜一憂。でも読んでもらったら意外と面白かったり、ぞくぞく怖かったり。毎月ちがう気持ちをかきたててくれる絵本に出会えたのは、幸せなことでした。

大人になって、絵本を読んだり書いたりすることが、今の私の仕事の柱になっています。成長する間にいろんな好きなものを見つけ、寄り道もしてきましたが、いくつか決定的な「道標」となる絵本との出会いがありました。

たとえば、『かしこいビル』。大学の授業をさぼって入った本屋で、黄色い表紙と目が合いました。大好きなメリーに置いてけぼりにされたおもちゃのビルが、起き上がり、旅するメリーを追いかけるイギリスの古典絵本です。何の気なしに開いたら、次へ次へとめくらずにはいられず、幸福な裏表紙までひと息に読んでしまいました。「なんだ、これは?」小説とも漫画ともちがう、めくる快感。絵本にしかない力があると気づかされた体験でした。

数年後、自分が親になり、1歳半の娘と初めて二人で新幹線に乗ったときのこと、最初は膝の上で昔話や手遊びでご機嫌にしていた娘が、むずかり始めました。スマホなどない時代。おもちゃや絵本は持っておらず、泣き出しかけた娘を抱えて窮地に立たされた私は、「……かしこいビル」と読み聞かせを始めました。

いえ、絵本はないので「エア絵本」。『かしこいビル』は当時の娘のお気に入りで、藁にもすがる思いでした。「あるひ、ゆうびんやさんがメリーにてがみをとどけてくれました。それは――」と語り始めると、娘はぴたっと静かになりました。記憶に自信はなかったのですが、ページをめくるつもりで読むと、次の絵が現れ、自然とことばが出てきます。時間が流れ、空間が立ち上がり、物語が動いていくのです。じっと宙を見つめている娘にも、その絵が見えているようでした。私が最後のページの台詞を読み、「おしまい」と言うとすぐに「もっぺん!」(もういっぺん)と。

これほどうれしかった「もっぺん」は、ありません。4、5回繰り返して読みました。やがて新幹線は目的の駅に着き、ほっと息をつきました。

どんな絵本でもエアで「読み聞かせ」ができるわけではありません。絵と文とページをめくるタイミングがひとつになった、三位一体の絵本だからできたのでしょう。ピンチのなかで実感した絵本の力です。

振り返れば、自分の愛読した絵本の多くが、この三位一体でした。『たろうのともだち』も、そう。勢いのあるタッチと余白、ことばのリズム。進んで止まる、スピードと間。最高のめくるよろこびが、幼い心に刻まれていたのです。

●紹介した本
『かしこいビル』ウィリアム・ニコルソン 作/まつおか きょうこ・よしだ しんいち 訳(ペンギン社)
『たろうのともだち』村山桂子 さく/堀内誠一 え(福音館書店)

●プロフィール
広松由希子(ひろまつ ゆきこ)
編集者、赤ちゃん文庫主宰、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーで絵本の文、評論、翻訳、展示企画などを手がける。国内外の絵本コンペの審査員を歴任。著書に『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、絵本の文に『かえりみち とっとこ』
(岩崎書店)など。

2026.03.04