今月の新刊エッセイ|富安陽子『まゆとてんぐ やまんばのむすめ まゆのおはなし』

1956年に創刊された月刊絵本「こどものとも」が70周年を迎えました。その記念すべき4月号に人気シリーズ“やまんばのむすめ まゆ”の新作『まゆとてんぐ やまんばのむすめ まゆのおはなし』が登場! 著者の富安陽子さんもまた、作家としてデビューして40周年を迎え、まゆの物語がどのようにして誕生したのか、エッセイをつづっていただきました。創刊70周年記念刊行物と一緒にご紹介します。
山手線で出会った山姥さん
富安陽子
山姥とその娘の物語を書いてみようと思い立ったのは大学生の時でした。伝承文学の授業で“やまんばの錦 という昔話に出会ったのがきっかけです。
それは、こんな話でした。
「赤ちゃんが生まれるから、産祝を持ってきてくれ」と山姥が、ふもとの村の人達に言います。でも村の人達は皆山姥が怖いので、誰がお祝を届けるのか一向に話がまとまりません。するとひとりのお婆さんが「では、私が引き受けよう」と名乗り出て……。
物語の顛末はともかく、私がびっくりしたのは、山姥が赤ちゃんを産む、ということでした。あのキバの生えたザンバラ髪の妖怪が赤ちゃんを産むなんて! 山姥がお母さんになるなんて! それがなんとも面白くて、お母さん山姥と山姥の娘の話を書いてみたくなりました。しかし、いざ物語のキャラクターをイメージしようとすると、お母さん山姥というのがなかなか浮かびません。どうしても、ザンバラ髪の妖怪の方に心が引っぱられてしまって……。いったい、お母さん山姥ってどんななんだろう? と頭を悩ませていたある日のことです。大学の帰り道、新宿から乗った山手線の向かいの座席に座っていたんです! 「あっ! これが、山姥母さんだ!」という人が! 年齢不詳のその女性は、頭のてっぺんにおダンゴヘアーを結い、背筋をピンと伸ばして私の前に座っていました。すらりと背が高くて、なんだか不思議な雰囲気のその人を見た時、私の中にやっと山姥母さんのイメージが浮かび、物語が動き出したのです。
大学在学中に私が書いた山姥と山姥の娘のお話は、当時福音館書店から刊行されていた「子どもの館」という月刊誌に数回にわたって掲載されました。その時には私が自分で、物語に添えるカットの絵を描いていたのですが、その後単行本化にあたって、挿絵を降矢奈々さんにお願いすることになりました。降矢さんは私の下手クソなカットのイメージを「壊さないようにしますね」と言って下さったのですが、初めて会った時、私とカットを見比べて「富安さんて、山姥に似てますね」とおっしゃったので、びっくりしました。
こうして、降矢奈々さんの挿画を得、山姥と山姥の娘・まゆの物語は『やまんば山のモッコたち』という単行本になりました。初版は、1986年、今からちょうど40年前のことです。そして、この長篇物語から絵本のまゆシリーズが誕生することになったのです。
出版からちょうど40年目の節目の年に、降矢さんと一緒に新しいまゆの絵本『まゆとてんぐ やまんばのむすめ まゆのおはなし』(月刊絵本「こどものとも」2026年4月号)を作り、みなさんにお届けできることになって、とっても嬉しいです。それだけではありません。やまんば山の物語と山姥母さんのお料理のレシピが一緒になった新しい単行本『まゆとごちそう 春夏秋冬』も刊行されます。40年の間に、まゆとお友だちになって下さったみなさん、本当にありがとうございます。これからも、たくさんの子どもたちが、まゆとお友だちになってくれますように!
とみやすようこ●1959年、東京に生まれる。高校在学中より童話を書きはじめた。おもな作品に『やまんば山のモッコたち』『タヌキの土居くん』「菜の子先生」シリーズ(以上福音館書店)、「ムジナ探偵局」シリーズ(童心社)、「シノダ!」シリーズ(偕成社)、「内科・オバケ科 ホオズキ医院」シリーズ(ポプラ社)、「妖怪一家九十九さん」シリーズ(理論社)など。絵本の文の仕事に「やまんばのむすめ まゆのおはなし」シリーズ(降矢なな 絵)、「オニのサラリーマン」シリーズ、『ここは、ようかいチビッコえん』(ともに大島妙子 絵/以上福音館書店)、『さくらの谷』(松成真理子 絵/偕成社)など。大阪府在住。
こどものとも70周年特設サイト 公開中

2026.04.01








