えほんとこどもとわたし

第2回 いのちのはじまり

私は、赤ちゃんに絵本を読むのが大好き。小さな人たちの率直な反応が新鮮で楽しくて、同時にいろいろな気づきもあります。

仕事場にある絵本の小部屋で、一昨年から月1回、絵本を囲む「とっとこ文庫」を開いています。近所の幼い子どもとお母さんたちが来てくれます。生後半年で絵本デビューをした子が初めて読んだ絵本は、駒形克己さんの『ごぶごぶ ごぼごぼ』でした。

以前、都内の公立美術館で、赤ちゃんのためのイベントをしたときのことを思い出します。「10ヵ月から2歳まで」を対象に募集したら、すぐ満員に――わかります。子どもが小さいほど、親は行き場や情報を求めていますからね。ところが当日集まった参加者層は、私の予想を超えていました。まだ首の座らない、ほやほやの赤ちゃんもいるではありませんか。赤ちゃんは、大人とは逆のサバを読み(読まされ)がち。

家庭や文庫などの親しい集まりなら、赤ちゃんの好みや気分に合わせて絵本を選べますが、非日常の集団で読む場合、選書がちょっと限られます。ここでまず読んだのも、やっぱり『ごぶごぶ ごぼごぼ』でした。マットに仰向けに寝かされた赤ちゃんも、じっと見て、吸い込まれるように聞いてくれました。なんて頼りになる絵本!

『ごぶごぶ ごぼごぼ』は、特別な絵本です。お母さんの胎内にいた子どもの記憶から発想されているのです。鮮やかで抽象的な絵と、生き生きした水音のオノマトペだけで表現されています。羊水に浮かぶ子どもが聞く音とか、少しずつ満ちてくる時間、もうすぐ出会う世界への期待などもイメージできます。ボードブックの厚いページに一見ランダムに空けられた丸い穴も、赤ちゃんの興味をひきつけますね。

駒形克己さんは、デザイナーで造本作家、国内以上に海外で愛された、独自の出版理念を抱いた作家でした。長女の誕生をきっかけに作られた最初の絵本は、三つ折りカードをセットにした「リトル・アイ」シリーズ(偕成社)。目が見えはじめた赤ちゃんから、1巻ごとに読者とともに世界を広げて成長していく全10巻です。
2024年3月に惜しまれつつ亡くなりましたが、最後に仕上げられた仕事も、赤ちゃん絵本。フランスの赤ちゃんのためのしかけ絵本3冊*と、生きていることを象徴するような、心音を描いた『とっくん』でした。シンプルでミニマルな本造りを貫いた駒形さんにとって、赤ちゃん絵本の創作は、生きるよろこびのエッセンスを形にすることだったのかもしれません。いのちのはじまりにあったのは、ことばも絵も、色も形も音も、ひとつの世界だったような気がします。

駒形さんが毎年通っていたボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアの会場で、2025年の春、私は日本の赤ちゃん絵本についての講演をしました。世界中から集まった子どもの本の関係者に『ごぶごぶ ごぼごぼ』を、日本語で読み聞かせたときの反応が忘れられません。各国の大人のみなさんが、言語を習得する前の赤ちゃんになって、聞いて、見入ってくれました。誰もが、かつてお母さんの胎内にいた赤ちゃんだったのですね。

●紹介した本
『ごぶごぶ ごぼごぼ』『とっくん』(「こどものとも0.1.2.」2024年2月号)ともに駒形克己 さく(ともに福音館書店)
*≪BON≫≪PON PAN≫≪ET APRÈS?≫ by Katsumi Komagata(すべてLes Grandes Personnes社)

●プロフィール
広松由希子(ひろまつ ゆきこ)
編集者、赤ちゃん文庫主宰、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーで絵本の文、評論、翻訳、展示企画などを手がける。国内外の絵本コンペの審査員を歴任。著書に『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、絵本の文に『かえりみち とっとこ』(岩崎書店)など。

2026.04.02

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