今月の新刊エッセイ|ザ・キャビンカンパニー『なきむし なきこちゃん』

悲しいときやつらいとき、ときにはうれしいときなど、人は涙を流すことがあります。ただ、私たちは幼いころから、涙を流して泣くことに我慢を強いられてきたことが多いのではないでしょうか。涙が出るほどに感情が高ぶることは、どんな人にも起こりうる自然なことなのに、泣くことは“悪いこと”と育てられてきた私たち。5月の新刊『なきむし なきこちゃん』は、そんな私たちに“泣きたいときは泣けばいい”とそっと寄り添ってくれる作品です。この絵本に込められた思いを、著者のザ・キャビンカンパニーさんにつづっていただきました。
泣き虫なあなたへ
ザ・キャビンカンパニー
それは市民プールへ行った夏の日のこと。「泣くな!」更衣室に、けたたましい怒鳴り声が響きわたりました。何ごとかと思い振り返ると、そこには小さな女の子とお母さん。理由はわかりませんが、女の子がしゃくりあげて泣いています。女の子は涙を我慢しようとすればするほど、嗚咽があふれ出し、ますます大声で泣きあえぎます。まわりの人たちの心配した空気がモヤモヤと立ち込める中、泣き声だけが、うわーんうわーんといつまでも響いていました。
子育てをしていると、娘やまわりの子どもたちの涙に出会うことは日常茶飯事です。泣いている子どもたちに、どんな言葉をかければよいのか。彼らは一体何を思い、ひたすらに涙を流しているのか。「泣く」ということに、私たちなりに懸命に向き合い、絵本という形にすることで、泣いている子を一人でも救えるかもしれない。そう思い、筆をとることにしました。
絵本を作っていく中で、あらためて考えさせられたのは「泣くことは、そもそも悪いことなのか」という問いです。日本社会で暮らしていると、どこかしらで「泣くのは恥ずかしいこと、悪いこと、いけないこと」だという考えにぶつかることがあります。以前に比べると、そうした風潮は薄れつつありますが、その影響は今もどこかに残っており、私たちは無意識のうちに「涙は我慢すべきもの」だと思いこんでいるところがあるように感じます。そのため、泣く子のまわりでは、心配、怒り、驚き、否定など負の感情が渦巻きがちです。しかし「涙」とは本来、あふれ出る感情の自然な発露であり、流す者のまっすぐな姿なのではないでしょうか。泣くことは決して悪いことではない、私たちはそう信じています。社会にそのような考えが広がれば、救われる場面はきっとたくさんあるはずです。そのような想いを土台に、試行錯誤を重ねながら、5年という歳月をかけて、ゆっくりと絵本を作っていきました。
絵本のタイトルは『なきむし なきこちゃん』。主人公のなきこちゃんが、目に涙をためて泣きだすところから物語は始まります。大粒の涙はとめどなく流れ、やがて大きな海となります。その涙の海には、ゆかいな生きものたちが息づいています。当初、この生きものたちは、なきこちゃんを無理やり泣きやませようとする現実の大人たちのメタファーとして描く予定でした。しかし制作を進めていくうちに、生きものたちには、なきこちゃんの涙を全力で肯定する存在であってほしいと思い直すようになりました。物語の中の海の生きものたちは、涙を糧にして生きています。涙を我慢させるのではなく、もっと流していいのだと背中を押す役割を担っています。それは、日々の暮らしの中で、親である私たちが、なかなかできないことです。自戒の念をこめ、絵本の中の生きものたちの姿勢を現実でも忘れないようにと、思いを込めて描きました。
涙と海を掛け合わせた、この物語展開は「人間の体液」と「太古の海」の成分が似ているという神秘的な説から着想を得ています。寺山修司さんの詩「一ばんみじかい抒情詩」や、加古里子さんの絵本『人間』終章の言葉にも随分影響を受けています。その他たくさんの人々の力を借りて、刊行までたどり着くことができました。支えてくださったみなさますべてに感謝申し上げます。
泣き虫な読者のみなさんにとって、この絵本が、涙を受け止めてくれる懐の一冊となりますよう、心から願っております。
ざ・きゃびんかんぱにー●阿部健太朗と吉岡紗希による2人組の絵本作家・美術家。ともに大分県生まれ。大分県由布市の廃校をアトリエにして、絵本・立体造形・アニメーションなどさまざまな表現方法で独自の世界観を生み出し国内外で発表している。絵本に『しんごうきピコリ』『がっこうにまにあわない』(あかね書房)『だいおういかのいかたろう』(鈴木出版)『ゆうやけにとけていく』(小学館)などがある。小学館児童出版文化賞、日本絵本賞大賞など受賞多数。
2026.05.01







