作者のことば 杉浦康平さん『立体で見る 星の本』

1986年6月30日、今なお唯一無二とも言える独創的な作品が刊行されました。その名は『立体で見る 星の本』。巻末に付く赤と青のメガネを使って、宇宙の星を立体で見せる世界ではじめての本です。刊行以来、多くの人々を魅了し続けてきた本作の40周年を記念して、作者でグラフィックデザインの巨人・杉浦康平さんに言葉を寄せて頂きました。
『立体で見る 星の本』刊行40周年に寄せて
『立体で見る 星の本』は、刊行後40年たってもなお色あせない新鮮な驚きを、見るものに与えてくれます。
その原動力は「赤」と「青」、たった2色による「疑似立体視」の手法です。
「うすい赤」、「うすい青」。単純な二つの画像を刷り重ねて、それぞれの図像が生みだす水平方向の微妙なずれを、赤・青2色の色メガネで分離して、空間の奥行を再現しようと試みるものです。
私たち人間の二つの眼球のあいだが8センチほど離れている、という位置の差が「左右二つの画像のズレ」をもたらし、世界の不思議な奥行を人間の脳に認知させるのです。
私は1964年と1966年にドイツ(当時は西ドイツ)のウルム造形大学に客員教授として招聘されたとき、図書館の蔵書で「疑似立体視」を紹介した本に出会い、興味を惹かれます。授業のない空き時間に、自分自身でさまざまな工夫をしてステレオ作図を試み、方法論を模索しました。
その後日本でも研究をつづけ、1976年の1年間、『都市住宅』という建築雑誌(鹿島出版会)の表紙デザインの素材として、「コルビュジェのサヴォイ邸」などの現代住宅のステレオ作図を作成して載せることになりました。
赤と青の、はかない色で刷り重ねられた2枚の図面が、表紙の上に、指先でつまめるほどの虚構の空間を浮遊させて、『都市住宅』の読者を驚かせました。
この体験によって「疑似立体視」の面白さにますます魅せられた私は、この手法を全天の星座で実現できないか、と思い立ちました。
これが、『立体で見る 星の本』の始まりです。
星々は私たちが住む地球からあまりに遠い距離にあるので、天球に張り付いているように見えますが、実は地球から遠い星もあれば、近い星もある。大きな星、小さな星があり、明るい星、暗い星がある。
試みに、いくつかの星座を形作る恒星の距離や大きさ、明るさを調べてステレオ作図を作成し、赤と青のメガネで見てみたところ、なんと星座が紙の上に立体物として立ち上がり、まるで生き物のように動き出そうとするではありませんか。目を射抜くその不思議にあっと驚きました。
さて、最初の「気づき」から紆余曲折を経て、『立体で見る 星の本』が完成するまでには、実に多くの方たちの献身的な協力が必要でした。
2600の恒星の一つ一つの距離や大きさを調べてステレオ作図を作成したのは、数人のスタッフによる忍耐強い作業で、気の遠くなるような長い時間がかかりました。天文学者の北村正利さんには私たちのやり方が科学的に正しいことを検証していただきました。
1986年6月、10年以上の歳月をかけて『星の本』がついに完成したときは、予想をこえた星たちの動きが期待以上の大きな話題になり、多くの読者に歓迎されました。
私にとって特に感慨深かったのは、新宿高校時代の親友であり、電波天文学のエキスパートとして著名な森本雅樹さん(1932-2010、東京大学・国立天文台名誉教授)がこの本を絶賛してくれたことです。彼と旧交を温め、NHKFMラジオで対談することができたのも、なつかしい思い出です。
『立体で見る 星の本』を仕上げたのは、世界の常識をひっくりかえす「もう一つの心の目」、「気づく力」であり、とんでもないと思われるアイディアを実現させるための方法論と科学の知識であり、膨大な量の作業を続ける忍耐心であり、仕上がりをひたすら待つ力です。
私の考えを当初から面白がり、激励しつづけてくださった科学書編集者の山田和さんをはじめ、福音館書店の皆さんは、おそらくハラハラドキドキしながら辛抱強く完成の時を待ってくださいました。
40年というと、星の世界ではほんの一瞬の「瞬き」ですが、人間世界では多くのものが現れては消えていく歳月です。そうしたなかで、『立体で見る 星の本』が無事に刊行40周年を迎え、今も多くの読者に愛されていることは、著者としてまことに嬉しく、感無量です。
これまでに助けてくださった多くの皆様に、心からの感謝を捧げます。
2026年4月8日 杉浦康平(談)
杉浦康平(すぎうら こうへい)
1932年東京生まれ。ブックデザイン、エディトリアルデザイン、インフォグラフィックスなどの領域で常に先端的で独創的な活躍を続け、時代を切り開いてきた日本を代表するグラフィックデザイナー。アジアの図像学研究者の第一人者でもあり、神戸芸術工科大学名誉教授。1997年に毎日芸術賞受賞、紫綬褒章受章。2019年に旭日小綬章受章。
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『立体で見る 星の本』刊行40周年記念
担当編集者 山田和さんへのインタビューはこちら
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2026.06.30







