あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|斉藤倫『私立探検家学園8 さよならの子どもたち』

探検家を目指すための学校の子どもたちの冒険を描く読み物シリーズ『私立探検家学園』がいよいよ最終巻を迎えます。テーマである「探検家」に込められた思いや、描いてきたコロンたちの姿を著者の斉藤倫さんにつづっていただきました。

探検家学園はつづく

斉藤倫

どうして、いま、「探検家」?

そんなふうにきかれたことがあります。いまどき?というようなニュアンスです。

かつて『海底二万里』『八十日間世界一周』『十五少年漂流記』など、探検、冒険、漂流物は、児童小説のひとつのジャンルをなしていました。

また、子どもむけの伝記や、学習漫画には、マルコ・ポーロ、スタンレー、アムンゼン、リンドバーグなど、探検家がひしめいていたものです。

それが時代おくれに見えてきたのは、まず、地上に、未到の地がなくなってしまったこと。Googleアースでどこでも見られるような時代には、わくわくする未知の領域が生き残るのはむずかしい。

そして、「探検」じたいの評価がくつがえったことです。じんるいの進歩はすばらしく、未来はかがやかしいとおもえたころは、それをきり拓く探検家はヒーローに見えました。ところが、西洋世界のそんな価値観が、ひとを不幸にもすること、だれかに犠牲をしいたうえでの繁栄だったことが、しだいにあきらかになってきたのです。
 
しくも最終巻が出るころ、ことしの七月四日は、アメリカ独立から二五〇年。そのアメリカを「発見」したコロンブスは、いまや先住民を苦しめた張本人と見なされています。

探検家は、もう過去の遺物。しかし、そこにあったものは、ほんとうにすべてだめになったのでしょうか。

おとなはともかく、子どもたちにとって、そもそもこのせかいすべてが「未到の地」です。ましてや、この先、あたりまえとされていた価値が、ますますくつがえされていく時代となるはずです。

「ここからは、正解のない世界です」
入学初日、コロンたちの担任、ミウラ先生は、講堂で宣言します。

かつての過ちから学び、想定のそとにある多様さや、未知の経験にむきあい、じぶんでかんがえ、決断し、行動する。いわば新たな「探検家精神」は、むしろこの先こそだいじになるでしょう。

このストーリーは、探検家の卵たちを描くだけではなく、読み返すたびに、ちがういみが深まるしかけや、ほかの広い世界につながる「かくし扉」がたくさんしこんであります。そうした読書の楽しみをしることも、いわば未到の「世界」への探検スキルにちがいないのですから。

二〇二二年のスタートから、つづきをまってくれている子どもたちと話し、感想をもらう機会がありました。そうしたことを、なんどもおもい出しながら書きつづけ、ついに最終巻をお届けできます。

「ねえ、どこまで話したっけ?」
と、コロンは、みなさんにまっすぐ語りかけます。その活躍は二年間の話ですが、みなさんのなかで、いつまでもいっしょに成長していく、そんな体験になってほしいと、こころから願っています。

どんどんかわっていく世界で、なにを信じたらいいかわからなくなったとき、いつでもページを開けば、道しるべが見つかる、「航海図」のような本になれたらこのうえなくうれしいです。


さいとうりん●詩人。『どろぼうのどろぼん』(福音館書店)で、第48回日本児童文学者協会新人賞、第64回小学館児童出版文化賞、『しじんのゆうびんやさん』(偕成社)で、第63回野間児童文芸賞を受賞。おもな作品に『せなか町から、ずっと』『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』『さいごのゆうれい』(以上福音館書店)、『レディオワン』(光村図書)、『あしたもオカピ』(偕成社)、『新月の子どもたち』(ブロンズ新社)、絵本『とうだい』(絵 小池アミイゴ/福音館書店)などがある。

2026.07.01

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